手段が目的化すると、つまらないブログ記事になる。ボクの失敗


 

自分の今までのブログ記事の中で、つまらないものは、「~した。~した。~した。終わり」というただの行動記録になっているものが多い。

これが、「ユリウス・カエサル」レベルの大人物なら、「来た、見た、勝った」という文が世界の歴史に残る。

戦闘は4時間程でカエサルが指揮するローマ軍の勝利に終わった。この時、ローマにいる腹心の1人ガイウス・マティウスに「来た、見た、勝った」と書いた手紙を送った(ウィキペディア)

 

ちなみに、この「ユリウス・カエサル」の英語読みが「ジュリアス・シーザー」。

July(7月)は、このジュリアス・シーザーにちなんでつけられたもの。
「シーザーサラダも関係あるかも?」と思ったけど、これはまったく関係なかった。

 

 

ボクみたいな無名の人間が、「起きた。飯食った。寝た」なんていう事実の羅列(られつ)を書いても、そんなものが楽しいはずがない。

読み終わった感想は、「どうか、時間を返してください」というものだと思う。
でもふり返ってみると、今までにこんな記事を書いて失敗してきた。

 

ここで、えらそうなことを言わせてもらいたい。
いろいろな旅行ブログを読んでいて、たまにそういう記事を見る。
「~した。~した。~した。」 という自分の行動観察のような記事。

この記事が安否確認のためだったら、もちろんこれでもいい。
家族や知人に「私は、元気ですよ~」と、知らせるための記事なら書き方なんて気にする必要はない。
「わたしは無事です!」ということが相手に伝わればいい。

家族や友人に当てて書いた記事ならそれでOKだけど、まったく知らない第三者に向けた記事だとちょっとマズイ。
他人がそれを読んでも興味をひかないから。

 

 

ときどき旅ブログで見る「した。した。した。終わり」という記事は、「手段が目的化した」ためではないか?と思ってしまう。

今までのボクの記事で「これはダメですわ」というものは、手段が目的化してしまって書いたものがいくつもある。
そうした経験から考えると、 「ひょっとしたら、この記事を書いた人も手段が目的化していたんじゃないのかな?」 と、類は友を想像してしまう。

 

「手段が目的化する」という言葉を初めて聞いた人は、知っておいても損はない。
そんなに難しいものでもない。

たとえば、仕事について。
本来は、自分の人生を豊かにするために仕事があるはず。
でも、それが逆転してしまって、仕事のために人生の豊かさを奪われているような状態になってしまう。
それが、「手段が目的化している」という状態。

これは幸せになるというよりは、不幸を防ぐために覚えていていい考え方だ。

 

 

ブログの記事を書いて投稿するときは、こんなプロセスだと思う。

まず、他人に伝えたいメッセージを決める。
国際情勢のような大事なことから、おすすめのレストランといった手軽なものまで何でもいいけど、読んでいる人に「これを知ってほしい」というメッセージがあるはず。

そして、そのメッセージをいろんな人に伝えるために記事を書いて投稿する。
ブログを書く過程は、こんな感じだと思う。

 

この場合の目的は、メッセージを伝えること。
そのための手段として、記事を書くという行為がある。
「残念な記事」というのは、これが逆転してしまったもの。

「メッセージを伝えること」が目的じゃなくて、「記事を書いて投稿する」ということが目的となってしまっている。
「記事を書いて投稿する」というのは、本来であれば手段。
でもそれが、「必ず、記事を一日にひとつ書いて投稿する!」という目的になってしまう。

 

これがブログ記事で、手段を目的化してしまったという状態。
こうなると大事なことは「記事を書くこと」で、読者にメッセージを伝えることではなくなってしまう。
とにかく、記事を書いて投稿すればいいのだから。
でもそうなれば、内容はどんどん薄くなってしまう。

 

 

さらに、「記事を一日に○本書いて投稿する!」ということが目的や義務になってしまうと、その記事には「無理やり書きました感」が漂(ただよ)ってしまう。

そうすると、読んでいる側が息苦しさを感じることがある。

ボクの記事でも、読んでて苦しくなるような記事は書いてるときもしんどかった。無理やり書いたようなものもあったから。

前回は、「おもしろい記事って、どんなものか?」ということについて書いた。

書き手の楽しい気持ちが伝わってくるような文章は、読んでいて楽しくなる。
書き手ががんばりすぎると、力が入り過ぎて読んでいる方も重くなってしまう。
結果、残念な記事になってしまう。
肩の力をぬいで、スラスラ~と書くとけっこう読みやすい記事になることもある。

 

 

ブログだったらいい。
手段が目的化して失敗しても大したことはない。

でもこれが、お金や仕事になると大変なことになることがある。
それで失敗した友人もいる。

脱線してしまうけど、次回にこのことを書いていきたい。

 

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投稿者: kokontouzai

今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。

“手段が目的化すると、つまらないブログ記事になる。ボクの失敗” への 2 件のフィードバック

  1. とても興味深い記事でした!
    我らも毎日更新を目標にしているので、すでに手段が目的になってしまっている可能性が(笑)

    つまらないブログにならないように気を付けます(^^)/

  2. コメントありがとう。
    いやいや、大丈夫ですよ。面白いです。
    だから、トップ10にいるんだろうしね。

    気づかないうちに、手段が目的化すると、良いことはないです。
    でも、意図的に目的化すると、逆に強みになると思いますよ。

    では、気をつけて良い旅を!
    ブログの更新、楽しみにしています。

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