日本人の苦手な人種差別問題の話⑤人間はみな同じ?違う?

 

 

前回にも書いたけれど、ボクのまわりでは人種という話には触れたくない人が多い。

日本にそんな空気があると思う。

人種という話題以前に、人種という言葉を使うだけでも「いけないこと」「危ない」というような空気があるように感じる。

 

でもこれは、日本だけではない。
人間を人種によって分類するという考え方を、嫌ったり避けようとしたりする人たちはいる。

ウィキペディアの「人種」の項目を見ると、人種による違いを否定するような考え方が書いてある。

人種分類はその性質上、優生学などの差別的な思想と結び付きやすく、実際にクー・クラックス・クランやナチスのような勢力を生み出す遠因となった。

そのため、現在の生物学における人種に関する研究は、現生人類は一種一亜種であるという前提の上で慎重に行われている。あくまで人種とは現生人類の遺伝的多様性の地域的・個体群的偏りに過ぎず、人種相互に明瞭な境界はないとする。

 

 

外見的な特徴によって人を分類することは厳密性や正当性を欠いていると主張する者も多い。
人種と言う分類法は用いられなくなりつつあり、かわりに民族集団や連続的な遺伝的特徴をあらわすクラインといった概念が用いられるようになってきている。

人類学者や社会学者の中には人種は社会的要因よって構築された制度であり、実在しないと提唱する者もいる。

 

ただ、ここにある「クライン」という言葉を知っている外国人は、ボクのまわりにはいなかった。

たぶんこれは学術的な用語で、一般的な会話で使われる言葉ではないのだろう。

 

ウィキペディアでこの「クライン」という言葉を初めて知ったから、ちょっと調べてみた。

あるサイトで、こんな説明をしている。

「同じような」肌の色をした人々も、気候に対する異なる適応のため、大きく異なる鼻の形をしている可能性もあります。

このような違いは「クライン(clines)」と呼ばれます。クラインとはある地理的領域に渡る環境因子に対する遺伝的適応のことです。異なる地域では異なる遺伝的適応が起こります。

特定の人種というものは存在せず、クラインの違いは様々な形で存在します。人類学者リヴィングストーン(1962年)が述べたように、人類間には「人種(レース)は存在せず、クラインが存在するだけなのです」。

『人種と人種差別に関する驚きの科学』

 

こういう「人種は存在せず、クラインが存在するだけ」という発想は学問的には有意義なんだと思う。

けれど、今の世界にある人種差別問題に対しては、どんな意味があるかわからない。

 

 

友人に、黒人のアメリカ人がいる。

彼女に話を聞くと、彼女にとっての「人種」とは人種問題のこと。

 

彼女はニューヨークに住んでいる。
ニューヨークでは、肌の色の違いによって警察官に射殺される確率は違うという。

「だから、前から警察官が歩いてきたらすぐ横道に入るの」と話していた。

何かを疑われて、警察官に射殺されてしまうことが怖いのだという。

 

この話を聞いたときは、「本当にニューヨークでこんなことが起こるのだろうか?」と疑ってしまった。
けれど、実際にそんな不安を感じさせるような出来事が、アメリカでは起こっている。

そのことは次回に書きます。

 

彼女は、「人種というものは存在しない」という議論には興味がない。

黒人が生きづらいニューヨークの社会が、何とかして変わってほしいと思っている。
「『人種』と呼ぶより、『クライン』という言葉の方が適切だ」なんてことも、どうでもいい。

「トランプ大統領が誕生した後、黒人はアメリカやニューヨークでどんな立場におかれるのか?」
そんなことの方が、はるかに切実な問題。

 

アメリカをふくめて、現実の世界には人種は存在しているし、人種差別問題もある。
やっぱり、人種の話題をタブーにしてはいけないと思う。

 

 

地球とは、大きな鍋だ!

鍋の中には、いろいろな種類の肉や野菜がある。
地球にも、いろいろな人種や民族がいる。

この鍋をず~っとず~っと、煮込んでいくとどうなるか?
きっと、すべての具材が溶けてなくなる。
いろいろあった肉や野菜はなくなって、1つの物体になるだろう。

これを人類に当てはめたらどうか?
「人間には1つの種類しかない」いう考えになると思う。
これは、とても危険な考え方になりかねない。

「この世界には人種や民族による違いがある」ということはいい。
これは、「鍋の中には、いろいろな種類の肉や野菜がある」という状態。

 

「人間はみんな同じ」という考え方も基本的は良い。
「人間は同じだけど、人種や民族の違いはある」と、それぞれの違いを認めていればいい。

でも、「人間はみな同じ。人種や民族の違いなんてない」となるとちょっとコワい。
ヒトラーのホロコースト(ユダヤ人虐殺)やポルポト政権による虐殺は、この「人間はみな同じ」という考え方の延長にあるから。

 

「人はみな同じ」という考え方がさらに強くなると、「みんな同じであるべき」となってしまう。

そうなると「違いがあってはいけない」という排他的な考えにつながりかねない。
「みんな同じであるべき」という考え方にもとづき、物理的な手段によって「違い」をすべて排除しようとすると、大虐殺になる。

 

これは一種の「なるなる論」で、「人はみな同じ」と考えたら虐殺に結びつくわけではない。
「人間はみんな同じ」という考え方はいい。
けど、人種や民族の違いまで消してしまうとコワいというだけのこと。

過激な共産主義者のポルポトと最悪の人種差別主義者のヒトラーには、「異物を排除する」という考え方では共通している。
違いを認めていたら、虐殺をする理由がない。

 

「人はみんな同じ」ではなくて、人は違っていて当たり前。
価値観も考え方も違っていて、当然。
人種差別の問題を考えたとき、人種や民族の違いを認めることはとても大事なことだ。

だから、肌の色によって人を分ける人種という話題を持ち出すことは、まったく問題がなく、大切なことだと思っている。

 

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