想像を絶する過酷な西アフリカ旅行:セネガル~ガーナ

 

はじめの言葉

「日本は今世紀最大の謎であり、最も不可解で矛盾に満ちた民族です。(シドモア 明治時代)」

「シドモア日本紀行 講談社学術文庫」

 

 

15年ぐらい前、西アフリカの4カ国(セネガル・マリ・ブルキナファソ・ガーナ)を旅した。

行って分かったのが、「西アフリカは予想以上に過酷!」ということ。

例えば、宿ではオーナーに「服を洗ったら部屋で干せ」とは注意を受けた。
「服を盗まれるから?」と思ったら、とんでもない。

「ハエが服に卵を産むんだよ。その服を着ていると身体に寄生して、人体からハエが生まれるんだ」

「へ~。で、そのホラー映画のタイトルは?」という状態で、まさに目が点。

「だからこの辺の人たちは、服にアイロンをかけて卵をつぶすんだよ。とにかく、服を外で干すのはやめた方がいい」

ネットで調べたら、「ヒトヒフバエ」というものらしい。
映像は、見ない方がいい。

また、セネガルの日本大使館に行ったときは、日本人の職員から、こんなお役立ち情報をもらった。

「体に異変を感じても、マリとブルキナファソの病院には、行かない方がいいですよ。医者に知識がないし、外国人の対応を知りませんから。かえって、状態が悪化するかもしれません。セネガルやガーナの信頼できる病院に行ってください。それから、目が赤いアフリカ人には近づかないでください。空気感染する病気をもっているかもしれませんから」

へえ、そんな星があるんですね。

 

西アフリカで聞いた話は、ここに来たことを激しく後悔するような話ばかり。

しかも、マリとブルキナファソには日本大使館がない。
「何かあったら、フランス大使館に行ってください」と言われる始末。

話が終るとき、職員の人がこんな質問をした。

「ところであなたは、何で西アフリカを旅行しようと思ったんですか?」

イッツ・シンプル。
こんなにひどいところとは、知らなかったから・・・。

 

西アフリカは、旅をするには過酷なところだった。
マラリアの中でも悪性の「熱帯熱マラリア」の多い地域があったり、マラリアの薬を買おうとしても、ニセのマラリア薬を売る薬局があったりする。

とにかく、自然も人もタフ!
いつか「アフリカ旅行記・灼熱編」で書きたい。

 

 

前回まで、「富の再分配」について書いてきた。

ボクが知っている限り、これが最悪なのがアフリカの国々。
だから、今回と次回でこのことを書きたい。

富の再分配というのは、すっごく簡単に言ったらこんな感じ。
「お金のある人から税金をたくさんとって、貧しい人にまわす」というもの。
日本もやっているのだけど、アフリカの国では、これが悲しいほどにできていない。

 

アフリカについて、こんな疑問をもったことはないだろうか?

「アフリカには貧しい人が多くいて、たくさんの支援を受けているけど、何でずっと貧しいままなんだろう?」

作家の曾野綾子さんがエチオピアを訪れたとき、こんなことがあったという。

ある日通りがかりの村で、一人の母から、今すぐ、腕に抱いてるこの赤ん坊をもらってくれ、と言われたことがある。このままいると自分もこの子も飢死するか、と言っているのだ、と私は通訳された。犬をくれるような言い方である。

「日本人が知らない世界の歩き方  (PHP文庫)」

 

曽野綾子さんがアメを子どもに渡そうとすると、母親が奪って食べてしまった。
ここでは、まず自分が生き残ることに必死なのだ。

この本は2006年に発行された本で、現在のアフリカとは違うかもしれない。
でも、アフリカが、今でも支援を必要としていることは変わらない。

 

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「アフリカでは、なんで貧困な人が多いのか?」

アフリカに行ったとき、マリ人に聞いてみた。
彼はそれを「西洋の植民地支配」のせいにする。

「アフリカの国はずっと支配されたままで、自分たちで政治をした経験がなかったんだよ。それに、ヨーロッパの国は国境線を自分の都合の良いように決めてしまった。だから、民族対立がなくならない」

 

ヨーロッパの国境と比べると、アフリカの国境には直線が多い。

 

このことは、ベネッセのホームページにも書いてある。

ヨーロッパの列強国はアフリカで自国の領域を広げようとして対立するようになりました。

そこで,19世紀の末に列強国どうしが話し合い,原住民の民族性や文化を考慮せずに緯線や経線で地域を分けてそれぞれの国の範囲を決め,アフリカを列強国どうしで分割することにしたのです。

これによってアフリカの国々は,1つの民族なのに他国にされてしまったり,いくつもの民族が1つの国にされてしまったりしました。このため,アフリカでは民族紛争が多く起きています。

【世界の諸地域】 アフリカの国境線がまっすぐな理由

 

マリ人はこんなことも言っていた。

「でも、よく見ろよ。アフリカといっても、マリとかブルキナファソとか、フランスに支配された国がダメなんだ。でも、ガーナやナイジェリアとか、イギリスの植民地だった国はけっこう発展している。オレたちマリも、イギリスの植民地になってたら良かったよ」

このマリ人の言葉がどこまで冗談なのかよく分からなくて、返事に困った。

 

インドネシア人からも、同じことを聞いた。

「どうせなら、オランダじゃなくてイギリスの植民地になった方が良かった。そうしたら、今ごろ、たくさんのインドネシア人が英語を話すことができていたのに」

こっちは、けっこう本気みたい。

 

アフリカの貧困の原因が1つや2つであるわけがなく、様々なことが複雑にからみあっている。

でもその中の1つに、「世界各国から送られた支援物資が、それを必要としている貧しい人たちにはほとんど届かない」ということがある。

これが、「富の再分配が最悪」ということになる。
続きは、次回に。

 

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4 件のコメント

  • いままで疑問だったけれども調べなかったアフリカの貧困の原因。kokontouzaiさんの記事でとっても勉強になりました!これからも記事拝見しますね!

  • こんにちは。
    コメントありがとうございます。
    そう言ってもらえると、うれしです。
    がんばって書く励みになります(^^♪

  • 赤道をまたぐ西アフリカ地域が、地球上で一番大変なようですね。貧しさ、気候、マラリア、エボラ熱、ジカ熱などの風土病。そこで暮らす現地の一人ひとりは日本人と変わらないでしょうがあまりに過酷な地勢だと感じました。私にとって最後の土地、西アフリカへの旅は諦めざるを得ないようです。 70才の旅人

  • コメントありがとうございます。
    70歳で現役の旅人はすごいですね!
    1960年の時にはパスポートを取るのも難しかったと聞いたことがあります。

    西アフリカは過酷でしたね。笑。
    生活は日本人と本質的には変わりませんね。
    働いて税金を納めて、休みは家族や友人とすごす。
    それぞれのやり方には文化の違いがあると思いますけど。

    私は南米に行ってみたいです。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。