恐怖の中の平和・核の抑止論・核軍縮 ~平和について④~

 

このキューバ危機のころから、「核の抑止(よくし)論」という考えが世界で唱えられるようになった。

核兵器が国家の安全を保障する究極の兵器であると信じられていて、しかも、それを代変する兵器がないということです。冷戦時代、核兵器国間の平和を保つ戦略理論として、核の相互抑止論という考え方が作り出されました

(平和学がわかる AERA Mook)

「冷戦(れいせん)」とは、「米ソ両国の直接戦争でない対立をあらわしたことば(世界史用語集)」で、確かに、冷戦時代に、米ソがにらみ合うことはあっても、直接戦争をするまでにはいたらなかった。

 

 

1979年に、ソ連がアフガニスタンに軍事侵攻した(アフガン戦争)ときは、アメリカはこれに激しく反発した。

しかし、ソ連と直接戦うのではなく、アフガニスタン内のイスラム過激派を支援し、彼らに資金援助をしたり、軍事訓練をしたりして、彼らをソ連と戦わせるようにした。
このイスラム過激派の中に、「ビン=ラーディン」がいた。

このときは、ソ連軍がアフガニスタンから撤退して問題は終わった、かのように見えた。
しかし、この後、アメリカが支援していたイスラム過激派からビン=ビンーディンを中心として、「アル=カーイダ」というグループが生まれている。

 

そして、このテロ組織が2001年に、ニューヨークの貿易センタービルに飛行機を突撃させるテロを起こしている。
ときに、「ビン=ラーディンは、アメリカが育てた」と言われる理由には、こうした背景がある。

こうした米ソの対立はあったが、現在にいたるまで、実際に核戦争は起きていない。

 

 

もちろん、「核戦争は起きなかった」ということが、そのまま「核抑止によって核戦争は起きなかった」ということにはならない。

先ほどの「AERA Mook」の記述も、「それは核抑止論の正しさを証明しているのか、それとも、たまたま幸運にも核戦争が生じなかっただけなのか、実際にはわかりません」と続けている。

それに、単に「戦争は起きていない」という状態が「平和」なのか、という疑問もある。
キューバ危機が起こった1960年代という時代を、「NHK 平和アーカイブス」では、「世界は核兵器使用の威嚇(いかく)による勢力均衡(きんこう)という時代に入った」と表現している。

やはり、核によって互いに手が出せない状況というのは、決してただの「平和」ではなく、「恐怖の中の平和(映像の世紀 NHK)」という状態だったと思う。

 

 

先ほど話を聞いたインド人も「インドとパキスタンが核兵器をもつことで、互いに戦争を起こせなくなった」と言っていた。

ボク自身、「核兵器」という言葉に強い拒否反応があるせいか、それは「恐怖の中の平和」ではないのだろうか、と思ってしまう。

もちろん、実際にインドで生活しているインド人が、毎日をどのように感じて過ごしているかは分からない。
ほとんどの人は、日常の生活を「核兵器に守られている平和」や「恐怖の中の平和」などと思うことはなく、インドは平和で安全な国であると考えていて、快適に過ごしているかもしれない。

 

それに、ボクがここで書いたインド人の核兵器への考え方も、数人のインド人から聞いた話と数冊の本を手掛かりにしたものであるだけだ。
しかし、現在の大多数のインド人は、インドの核兵器保有を支持しているのは、間違いない。

 

 

以上、長々とキューバ危機とその後の核軍縮の流れを書かせてもらった。
それには、こんな理由がある。

1962年のキューバ危機を経験し、「不倶戴天(ふぐたいてん)の敵」であったキューバとアメリカとの間で、2015年に歴史的な出来事があった。

2015年には54年ぶりに国交が回復され、2016年にはオバマ大統領がハバナを訪問した。

キューバ

 

アメリカ・キューバの間で、ついに国交が結ばれた。

危機からこの日を迎えるにいたった、これまでの流れを見ると、「とうとうこんな時代になったんだな」という隔世(かくせい)の感がある。

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。