アイルランド歴史問題:イギリスやクロムウェルが嫌いな理由

 

1942年に、日本はイギリスと戦っている。

それが「シンガポールの戦い」で、このとき日本軍は「難攻不落」といわれたシンガポール要塞を10日で攻略してしまう。

チャーチルはこれを「英国軍の歴史上最悪の惨事であり、最大の降伏」と書いた。

そしてそれを知ったアイルランド人が大喜びする。

2月5日の産経新聞にそのことが書いてある。

日本が1942年2月に開戦70日でマレー半島を攻略、大英帝国の栄華に終止符を打つことになった「シンガポール陥落」の日、首都ダブリンでは駐在の日本領事を囲み盛大な祝賀会が開かれたという。

日本びいきのアイリッシュ 大戦「シンガポール陥落」…首都では日本領事囲み祝賀会

 

アイルランド人が喜んだのは、イギリスが嫌いだったから。
イギリスが負けたことがうれしくて、こんなお祝いを開いている。

なんでアイルランド人はイギリスがこんなにも嫌いなのか?
今回は、アイルランドの歴史からその理由を書いていきたい。

 

 

アイルランド人にとって、イギリス人のクロムウェルは悪魔だっただろう。

アイルランド人がイギリスを嫌う理由を考えたとき、クロムウェルを欠かすことはできないはず。

クロムウェル(1599~1658)はイギリスの政治家。
彼とおなじ時代、日本では徳川家康が活躍していた。

 

クロムウェルはピューリタン革命を指導し、1649年にはイギリス国王チャールズ1世を公開処刑にしている。
多くの民衆が見守るなか、オノで国王の首を切断した。

ピューリタン(清教徒)革命については、中学校の歴史の授業で習ったと思う。

クロムウェル

国王処刑のうえ共和制を開いた。また1653年、長期議会を解散して護国卿に就任し、軍事独裁を開始した。

 

でもこのとき、すべてのイギリス人が国王を憎んでいたわけではない。
国王を支持する人たちもいて、その人たちは「王党派」と呼ばれていた。

国王を処刑するようなクロムウェルからしたら、この王党派も敵となる。

「王党派の活動拠点がアイルランドにある」と見たクロムウェルは、1649年に軍を率いてアイルランドを征服してしまう。

 

これが世にいう「アイルランド征服」というできごと。
この征服では、多くのアイルランド人が殺害されている。

二万人の精鋭を率いて攻め入ったクロムウェルは、カトリック教徒であるアイルランド人を大虐殺した。カトリック教会組織は手当たり次第に破壊され、教徒の資産は没収された。

農地もまたそのほとんどが没収され、アイルランド人は英国人地主の小作人に転落する。

十七世紀初頭には五九パーセントだったカトリック教徒の所有地は、十八世紀初頭にはわずか十四パーセントとなった。そしてアイルランド人は岩盤と石ころだけの西部の地へと追いやらたのだった。

「アイルランド人は地獄かコノートへ行け」

とクロムウェルは公言したといわれる。

「ジャガイモの世界史 伊藤章治」

 

司馬遼太郎氏はこう書いている。

十七世紀の清教徒の大親玉であるクロムウェル。
英国史上、悪魔のごとき独裁者でした。

かれもかれの手下も、カトリックは悪魔だと思いこみ、となりのカトリック国のアイルランドに攻めこみ、手あたりしだいに坊さんや尼さんや農民の首を斬って、その連中の土地を自分のものにしてしまうのです。

それが革命の正義でした。まともなことではありません。

「『明治』という国 司馬遼太郎」

 

軍事力でアイルランドを征服したクロムウェルたちイギリス人は、アイルランドの支配者となった。

ウィキペディアでは、この征服によってアイルランドはイギリスの植民地になったと書いている。

1652年、護国卿オリバー・クロムウェルによるアイルランド侵略、事実上の植民地化。

(ウィキペディア)

 

そしてイギリス人は、現地のアイルランド人を働かせて自分たちは楽をするというシステムをつくってしまう。

アイルランド征服

こののち3分の2の土地をイギリス人不在地主が所有し、アイルランド人が貧しい農業労働者として搾取される体制ができあがった。

(世界史用語集 山川出版)

 

不在地主ということだから、イギリス人はアイルランドの土地を持っているけどそこには住んでいない。

アイルランド人に働かせてその収穫を奪って、自分は居心地のいいイギリスで生活していたこということ。

 

アイルランドの農民(小作人)は、農地の70%に小麦を植えていた。
でも、その収穫のほとんどをイギリス人の地主に取られていた。
では、アイルランドの人たちは何を食べて生きていたのか?

それはジャガイモ。

多くの農民たちは、農地の30%にジャガイモを植えてそれを食べて生きていた。

 

クロムウェルの征服によって、あまりに多くのアイルランド人を殺された。
その後にはイギリスの「植民地」となって支配され、厳しく働かされることになったしまった。

こんな歴史を見ると、今のアイルランド人のイギリス人への憎悪は、クロムウェルのアイルランド征服が「原点」になっていると思う。

 

イギリスの歴史に興味がある人は、このアイルランド征服の翌年(1650年)におきた「スコットランド征服」も知っておこう。

これもクロムウェルがおこなっている。

スコットランド征服

チャールズ2世のスコットランド上陸を受け、クロムウェルはスコットランドに侵入・征服し、翌51年イギリスに侵入したチャールズ軍を破りフランスへ亡命させた。

(世界史用語集 山川出版)

 

1801年、アイルランドはイギリスに併合されてしまう。

イギリスによる併合。1800年のイギリス議会における、アイルランド議会の廃止と領土併合を規定した合同法の可決を受けて実施された。

(世界史用語集 山川出版)

 

併合されたということは、アイルランドからしたみたら「国を奪われた」ということになる。

アイルランドは征服されていたけど、それでもまだ議会はあった。

でも、このアイルランド併合によってその議会さえもなくなり、アイルランドは完全に地球上から消えてしまう。

 

当然、イギリスに激しい憎悪をもつアイルランド人はたくさん出てくる。
自分たちの自由や権利を求めて、「反イギリス運動」が活発に行われるようになった。

アイルランド問題が表面化してきた。

アイルランド問題

アイルランド支配を通じてイギリスが抱えることになった、土地問題・宗教問題・政治問題などの総称。

17世紀のクロムウェルの征服によって、アイルランドの人々は土地所有・宗教・政治などで差別された。

1801年のイギリスへの併合後、アイルランド人は宗教的差別の撤廃を求めて運動を展開し、(中略)その後は土地問題の解決と自治権獲得(急進派は独立獲得)を求め、議会の内外で民族主義運動を推進していった。現在も、北アイルランド問題は解決していない。

(世界史用語集 山川出版)

 

ここに書いてあるように、今もイギリスとアイルランドとは北アイルランドをめぐって問題をかかえている。

17世紀のクロムウェルのアイルランド征服や19世紀のイギリスによるアイルランド併合の歴史を考えたら、アイルランド人がイギリスが嫌いな理由はよくわかると思う。

アイルランドを徹底して弾圧し、苦しめた英国の降伏-。潮田さんは「マリンズ氏はダブリン中の米を買い集め、ダブリン駐在の別府節弥領事と市橋和雄副領事を囲み、日本食で盛大にお祝いをしたそうです」と語った。

アイルランド人は一貫して、英国の敵を応援したため、「『敵の敵は味方』で日本びいきだったのです」とも語った。

日本びいきのアイリッシュ 大戦「シンガポール陥落」…首都では日本領事囲み祝賀会

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。