日本人の目とインド人の目から見たインドの物乞い ①

 

ボクが持っていたガンディーのイメージは、誤解も多かったと思う。

「その国のことを知ったら、自分が持っていたイメージとは違った」なんてことはめずらしいない。
ボクもインド旅行を通じてそれを感じたことがある。

 

 

・物乞いにも慣れる

デリーの宿でインド人スタッフと話をしていたときのこと。
そのスタッフから、インドの感想を聞かれたのでこうに答えた。

「インドを旅していると、貧富の差をすごく感じる。それでつらくなることもある。マクドナルドでは、ポロシャツとスニーカーをはいた男の子が両親とハンバーガーを食べていた。でも、上半身裸の男の子が窓の外からこちらをのぞいている。このときはショックを受けた」

ボクの感想を聞いたインド人はこう言う。

「でもそれは、その人間のカルマ(前世の行い)だからな。物乞いになるということも、前世でのおこないの結果だ。すべてはカルマだ」

物乞いをするようになったのはその人のカルマ(業)のせい、ということなのか?それで済ませていいのか?

インドはずっとそうだったからな。オレは子どものころから、街で物乞いを見ているきているから、今は何も思わんよ」

結局は、「慣れ」ということらしい。

日本人のボクとしては、あそこまでの格差を見ると暗い気持ちになってしまう。
でもそれはインドの日常。
インド人はその光景にすっかり慣れてしまっているから、何も感じなくないのだろう。

 

 

それは、当然のことかもしれない。

「人間は何でも慣れる」

そんなことを近所のおばあちゃんも言っていた。
その人は戦争を体験している。

アメリカの爆撃機が飛んできたら、急いで逃げたさ。地面の死体を蹴とばしたこともあるしふんづけたこともあった。地面に死体なんていくらでもあったから。死体を見ても平気でご飯を食べることはできた。食べなきゃ死んじゃうから。あのころは何とも思ってなかったけど、今からでは考えられないねえ」

今を生きる日本人が死体を見たら、ショックでしばらく食事ができなくなるだろう。
「死体を見ても平気だった」といっても、そのおばあちゃんが冷たくて残酷な人間というわけではない。

当時はそれが当たり前の時代で、みんなそんな時代に生きていたというだけのこと。

 

 

・「外国人はどう思うんだよ?」

宿のインド人スタッフから思わぬ反撃をくらった。

「じゃあ聞くけどな。おまえたち外国人は、鉄道駅の外国人専用の窓口でチケットを買っているよな?インド人はそれができない。長い長い列にならばないといけない。でも、長い時間ならんでも欲しかったチケットが手に入らないこともある。外国人はちがうだろ?ファンがある快適な部屋にいて、すぐに買えるじゃないか。しかも、外国人は列車の席が優先されているんだぞ。それについてはどう思うんだよ?」

そう言われると何も言えないくなる。

たしかにそうだ。
ボクは外国人という特権を利用して、列車のチケットをインド人よりずっと簡単に手に入れていた。
間違いない。

「インドでは現地の人と同じ体験をする!」という気持ちはあるけど、インド人と同じように列にならんでチケットを買いたいとは思わない。

インド人から見たら、外国人が優遇されているのは「格差」というより「差別」に見えることがあるかもしれない。

外国人の自分はそんなことを考えたことはなかったけれど。
「外国人特権」に慣れていて、気がつきもしなかった。

外国人の自分は、街でインド人の貧富の差を見てショックを受ける。
でも、鉄道の駅でインド人の長い行列を見ても何も思わない。
その長い列を通りすぎて、外国人窓口でチケットを買う。
そのことに対して何も思わない。

結局は慣れの問題なんだろう。
当たり前のことには何も感じない。

 

 

・神さまとの関係

このインド人スタッフは、「物乞いになるのは、その人のカルマのためだ」と言っていた。

でも、これとは別の見方をするインド人もいる。

インドには「すべては神さまが決めたこと」という考える。
だから、病気や物が盗まれるといった不幸や不運も、すべては「神さまと自分との関係」でとらえるという考えもある。

もしも自分が貧乏で、隣の人が金持ちだとしても、それは「神様そう決めたのだ」とインド人は思うのです。
自分が貧乏なのは、私と神さまとの関係であり、彼が金持ちなのも、彼と神さまとの関係であると考えるので、焼きもちを焼くこともありません。
他人と同じものを欲しがったり、競争したりはしないのです

(インド流! マルカス サンガ新書)

ということは、街にいた上半身裸で裸足の男の子も「これは自分と神さまとの関係だ」と考えていたのだろうか?
そして他のインド人がその子を見ても、「それは『その少年と神さまとの関係』であって、自分には関係ない」という見方をするのだろうか?

そう考えると、「人として冷たいな」なんて単純に感じてしまう。

でもこの認識はその人の宗教の考えから来るものでもある。
「他人が自分とはちがう価値観や考え方を持っている」ということは理解する必要はある。
自分の価値観だけから善悪の判断をしてはいけない。

 

ヴァラナシでが、あるインド人からこんな話を聞いた。

「物乞いたちはオレよりも、もうけているんだ。オレも物乞いをしたいと思うこともあるけど、カーストが違うからできないんだ」

カーストがちがうから、物乞いができない!
そんなことを考えたこともなかった。

ボクは街で物乞いを見ると、「かわいそう」「まわりのインド人は冷たい」という印象を持っていたけど、その物乞いもふくめて現地に住んでいるインド人はちがう認識をもっている。

「早く街から物乞いがいなくなればいいのに」なんて単純に思ってしまったけど、そんな簡単なことでもない。

 

おまけ

インド北部のインダス川

 

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2 件のコメント

  • こんにちは
    インドは色々と考えさえられることが多いですよね。
    他の国と違い、インドの物乞いは生まれた時から物乞いしか出来ないカーストですから自分は完全に彼らの職業だと割り切って出会う人に小銭を渡していました。今でもどうしていいのかはよくわかりませんけど。

  • こんにちは。

    絶対に正しい答えはないでしょうね。
    自分で考えて正しい思うものが、自分にとっての答えだと思います。

    インドの物乞いはしたたかな面もありますしね。

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    今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。