ヨーロッパの歴史、キリスト教の宗派(新教旧教)対立・東ティモール


 

一言

「日本オ工芸の輝かしい成功は、漆塗りの家具と道具の類である。同名の灌木から抽出した、比類のない日本漆を使いこなす才能たるや、まことに見事である。また、装飾技術を駆使して最高の効果をあげるその手腕も立派なもので(アンベール 江戸)」「続・絵で見る幕末日本 エメェ・アンベール」

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今回の内容

・東ティモールの誕生
・中世ヨーロッパのカトリックとプロテスタントの争い。
・オランダ「もう、スペインはイヤだ」

 

・東ティモール

結婚してもうまくいかないことはある。
永遠の愛を誓っても、離婚を選んだカップルもボクの友だちにいる。
ボクの友だちの場合、離婚の原因は、価値観の違いだった。
離婚の原因としては、この価値観の違いが一番多い。
価値観が違うと、一緒にやっていくのは、本当に難しい。

 

いきなり、話は大きくなる。
国の分離・独立というのは、いってみれば、「国が離婚する」ということになる。と思う。
それまで一つの国だったのに、その中のある地域が別れて独立し、別の国になるということだから。
アメリカが、イギリスから分離・独立したのは、アメリカがイギリスに離婚をつきつけて、力づくで認めさせたというようなもの。
人の離婚もそうだけど、国が分離・独立する理由でも、「価値観の違い」が一番大きなものでしょ。
国の場合の「価値観の違い」っていうのは、ほとんど、宗教の違いになる。
「宗教が違う」ということは、独立する理由になる。

 

さて、ここでクイズ。
21世紀になってから初めて誕生した国はどこか?

 

答えは、「東ティモール」
2002年に東ティモールは、インドネシアから分離・独立している。
何で東ティモールは、インドネシアから離れたかったのか?
いろいろ理由はあるけど、「宗教が違った」という面は見逃せない。

 

インドネシアはイスラム教徒の数が世界で一番多い、「世界最大のイスラム国」だ。一方、東ティモールにはキリスト教徒が多い。
外務省のHPにある東ティモールの基本情報によると、「キリスト教99.1%(大半がカトリック)、イスラム教0.79%(外務省HP)」とある。
ただ、2002年に独立したときに、たくさんのイスラム教徒がインドネシアに行ってしまったから、これは、独立前のデータではない。
けど、東ティモールにキリスト教徒がたくさんいたのは間違いない。

 

「東ティモールが独立できたのは、キリスト教徒がたくさんいる国だったから」ということはよく言われる。
「同じキリスト教徒(カトリック)が、独立をしたがっている」と聞けば、世界中のキリスト教の国が東ティモールの独立運動を支援したくなる。
ウィキペディアには、こんな文がある。

 

独立運動を精神面で支え続けたカトリック教会への信頼は高まった。(ウィキペディア)

 

人口が少ない東ティモール人には、ノーベル平和賞の受賞者が二人いる。

 

1996年12月、ノーベル平和賞が現地カトリック教会のベロ司教及び独立運動家のジョゼ・ラモス=オルタに贈られた。(ウィキペディア)

 

この受賞理由には、「彼らがキリスト教徒だったから」というのがあるだろう。
こうやって、ノーベル平和賞を上げのも、「キリスト教国による東ティモールの独立支援」と受け止めてもいいだろう。
もし、彼らがイスラム教徒だったとしても、ノーベル平和賞を上げただろうか?

 

この点、インドネシアの西で同じく独立運動をしていたアチェに対しては、世界(特にヨーロッパ)の注目が集まらなかったと思う。
「彼らは、イスラム教徒だから」ということは、その理由にきっとあるんだろう。

 

・カトリックとプロテスタントの争い。

話がだいぶそれてしまった。
今回の記事で書きたかったのは、ヨーロッパ、特にオランダのこと。
オランダも、宗教の違いから、スペインから分離・独立することになった。

 

何でオランダがスペインから分離・独立することとなったのか?
を、書く前に、スペインがどの当時、どんな国だったか確認しておこう。
スペインは、「反イスラム」の国で、イスラム教徒をイベリア半島から追い出してレコンキスタを完成させた国だ。

 

レコンキスタ(国土回復運動)

イスラーム教徒からイベリア半島の領土を奪回しようとしたキリスト教徒の戦い。8世紀初めから1492年まで、ほぼ800年間続いた。(世界史用語集 山川出版)

 

「800年ぶりにイベリア半島を取り返して、キリスト教(カトリック)の国にした!」ということが、当時のスペイン人の誇りだったはず。
ただ、レコンキスタを終わらせても、その宗教的な情熱を止めることはできなかった。

 

カトリック教徒としての熱意を今度は、スペイン国内に向けている。
イベリア半島からイスラム教徒を追い出したように、今度は、スペイン国内から新教徒(プロテスタント)をなくそうとしている。
イベリア半島を「キリスト教の国」にしたように、今度は、スペインを「完全なカトリック(旧教徒)の国」にしようと考えた。

 

日本人からしてみたら、「同じキリスト教徒なのに、何で争うのか?」と思ってしまうけど、この時代のヨーロッパでは、これは当たり前の考え方だった。

 

同じキリスト教徒でも、違う考え方をしているキリスト教徒(異端)は絶対に許さない。「異端の罪は異教の罪より重い」という考え方があった。
高校で世界史をとった人なら、この「新教徒と旧教徒の争い」として、「ユグノー戦争」と「サンバルテルミの虐殺」は必ず習ったはず。
下は、世界史用語集からの抜き出したもの。

 

ユグノー戦争

1562~98
フランスでおこった宗教戦争。新旧両派の対立と、貴族の権力闘争の二つの側面を有していた。

 

サンバルテルミの虐殺

「1572年8月にパリで勃発した、旧教徒による新教徒殺害事件。」

「祝賀に集まったパリの新教徒を旧教徒が多数殺害し、騒乱は地方へと拡大した。」

 

この「サンバルテルミの虐殺」では、旧教徒(カトリック教徒)が、多数の新教徒(ユグノー)を殺害したという知らせを聞いて、ローマ教皇は大喜びしたという。

特に一五七二年の聖バルテルミー祭の虐殺は有名で、一万人以上のユグノーが殺された。その報知にローマ教皇は手を打って喜んだ言われている。(キリスト教の歴史 小田垣雅也)

 

「同じキリスト教徒、しかも、同じフランス人同士で殺し合うなんて!」と、高校生のころは思ったけど、この時代に、「私はフランス人です」なんて思っていた人はいないだろう。
この時代のヨーロッパには、オランダ人もスペイン人もフランス人なんていう「国民意識」はなくて、ただ旧教(カトリック)と新教(プロテスタント教徒)がいただけ、という状態だったと思う。

 

・オランダ「もう、スペインはイヤだ」

「スペインを、完全なカトリック教徒の国」にしたい!」
と、並々ならぬ情熱を持っていたのが、ときの国王フェリペ2世。
フェリペ2世の目には、ネーデルランドの存在が気に食わない。
ネーデルランドというのは、現在のベルギーとオランダの当たりの地域のこと。
この地域は、スペインから独立する前で、まだ、スペインの一部だった。
そして、ここには、多くの新教徒が多くいた。

 

スペイン国王フェリペ2世は、ネーデルランドにいた新教徒(プロテスタント)に、旧教(カトリック)に変えるように迫った。
これに反発して、ネーデルランドはスペインとの独立戦争に踏み切る。
これが、オランダ独立戦争になる。

 

もし、スペインとネーデルランド(オランダ)が、同じカトリックを信じていたら、戦争は起こらなかったはず。
結局、価値観(宗教)が違っていたということになる。
「宗教が違う」ということは、独立する充分な理由になりえる。

 

でも、違っていただけだったら、戦争にはならなかったと思う。
国王フェリペ2世は、オランダのプロテスタントを、力で無理やりカトリックに変えようとしたことが、オランダを追い詰めたことになる。
それで、スペインとの「離婚」を決意させている。

 

こういうのを見ると、共生社会を目指すのなら、やってはいけないのが「価値観の押しつけ」だとよく分かる。
相手は、「自分とは違った価値観をもつ別の人間だ」と認識することが大事だと思う。
違いをそのまま認めなければ、共生がうまくはいかないだろう。
どちらかに価値観を合わせるような強制があったら、共生なんてできるわけがない。

 

ちなみに、このフェリペ2世の名にちなんで、つけられて国名が、「フィリピン」ね。

次回は、オランダとベルギーの誕生について。

 

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投稿者: kokontouzai

今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。

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