スペインの基礎知識!歴史やアラブ(イスラム)文化の影響

 

はじめの一言

「何かあるたびにフランス人は、『自分たちはフランス革命で自由・平等を勝ち取った』という話をします。
そんなときに私が、『日本だって第一次世界大戦の後に、人種差別撤廃条約をの提案をしたのよ』と言うと、若い学生たちは皆一様に驚きます。

「意外に日本人だけ知らない日本史 デュランれい子」

 

IMGP9269

 

今回の内容

・レコンキスタ(国土回復運動)
・スペインの誕生
・それを、コロンブスはどう見た?

 

ワリカン(割り勘)のことを英語で「ダッチペイ(オランダ人の支払い)」という。
そんなことを前の記事で書いた。

なんで「オランダ人」なのかは、ウィキペディアあるとおりでイギリス人の意地悪に由来するらしい。

「英語では割り勘のことを「Dutch treat(オランダ人のおごり)」「Go(ing) Dutch」と呼ぶ。これは大航海時代に、イギリス人がオランダ人にケチのイメージを定着させようとしてこう呼んだのが起源とされる。

(ウィキペディア)」

 

この「オランダ」と「大航海時代」という言葉から、今回の記事ではスペインのことを簡単に書いてみようと思う。

スペインの基礎的な知識があって困ることはないし。

 

 

・レコンキスタ(国土回復運動)

ある日、あなたが住んでいた家に他人が入ってきたとする。
そして、暴力によってあなたは無理やり外に追い出されてしまった。

そうなった場合、思うことはただ一つ。

「あそこはオレの家だ。絶対に取り返してやる!」

「かまいません。私は、別のところで住むことにしますから」 という聖人のような人もいるかもしれないけど。

 

とにかくこれと同じように、今まで住んでいたところを外部の人間にうばわれてしまってた人たちがいた。
そして、「あそこはオレたちのものだ。絶対、取り返してやる!」 と、800年間思い続けている。
そしてついに、その地を奪い返したという歴史がヨーロッパにある。

それを「レコンキスタ(国土回復運動)」という。

これをなくして、スペインの歴史や大航海時代は語れない。

レコンキスタ(国土回復運動)

イスラーム教徒からイベリア半島の領土を奪回しようとしたキリスト教徒の戦い。8世紀初めから1492年まで、ほぼ800年間続いた。

(世界史用語集 山川出版)

 

イベリア半島とは、スペインがある半島のこと。

 

レコンキスタは「再征服」という意味のスペイン語。
英語にしたら、「リコンクェスト」になるんだろう。
「ドラゴンクエスト」の「クエスト(征服)」のこと。

 

日本の歴史で、このレコンキスタに近いできごとなんてあったっけ?
と考えて思いついたのが、「日清戦争の勝利→三国干渉→日露戦争の勝利」の流れ。

まず、日清戦争で日本が清に勝って中国の遼東半島を手に入れた。
と思ったら、ロシア・フランス・ドイツが「三国干渉」をしてきて、日本は奪ったはずの遼東半島を放棄ほうきさせられてしまう。
そして、日本が手放した遼東半島はロシアが奪ってしまった。

 

日露戦争のときに、日本人の心の中には「ロシアの侵略から日本を守る」という思いとは別に、「遼東半島を再び奪い返してやる」という復讐ふくしゅう心もあったはず。

そしてロシアに勝って、日本は遼東半島を奪い返した。
これでレコンキスタ(再征服)の完了。

中国史が好きな人なら、宋にとっての「燕雲十六州」のようなものだと思って。

 

 

・スペインの誕生

このレコンキスタ運動の中心となったのが、カスティリア王国とアラゴン王国という2つの王国。

「イベリア半島をイスラム教徒から取り返して、キリスト教徒のものにしてやる!」という共通の思いで、1479年にこの2つの国は統合して1つの国となった。

そしてこの統合によって生まれたのが、「スペイン王国」になる。

ちなみに、日本のお菓子「カステラ」という名前はこの「カスティリア」から来ていると思う。

 

・イベリア半島のイスラム(アラブ)文化

レコンキスタが終わる前まで、イベリア半島は800年間もイスラム教徒の国だった。
だから今でもスペイン(イベリア半島)には、そのときのイスラム(アラブ)文化が残っている。

それをいくつか紹介しましょう。

スペインの首都のマドリードもアラビア語源である。

アラビア語でマジュリートmajurit(湧き水の場所、水に恵まれた場所)を意味するこの名には、八世紀に侵攻したアラブ人たちが住みやすいところを選び、開拓した歴史がよくあらわされている。

(地名の世界地図 文藝春秋)

 

スペイン語で「オーレ」という言葉がある。

「オレ」とも。闘牛士やフラメンコの踊り手などへの賞賛・激励に用いる掛け声から》見事だ。しっかり。いいぞ。

「goo辞書」

 

サッカーのワールドカップで、「オーレー、オレオレオレー」と歌った日本人も多いと思う。
このオーレの語源は「イスラム教のアッラー(神)という説がある」と、前にニュースステーションで言っていた。

 

スペイン料理の代表ともいえる「パエリア」は、イスラム教徒(ムスリム)のアラブ料理だったものだ。

パエリアの起源は、スペインに稲作をもたらしたアラブ人に由来する。西暦9世紀以後、アル=アンダルスのムスリムの間で作られてきた。

(ウィキペディア)

 

 

・コロンブスはどう見た?

コロンブスといえば、アメリカ大陸を「発見」した人物。
中学校の歴史の授業で習ったおなじみの人物ですね。

このコロンブスは、スペインがイベリア半島をイスラム教徒の手から取り戻した(レコンキスタ)瞬間の目撃者でもある。

そのときの様子を、コロンブスの記述から見てみよう。

一四九二年のこの年、ヨーロッパをかねてから支配していたモーロとの戦いを両陛下が終熄させられて、あのグラナダの大都での戦いを終えられ、本年一月二日、両陛下の軍勢が同都の城塞アルハンブラの塔に王旗を掲げるのを、私はその地において目のあたりにし

(コロンブス航海誌 岩波文庫)

 

「アルハンブラ宮殿」といえば、スペイン観光で欠かせない目玉のような場所。
この「アルハンブラ」も、アラビア語からできた言葉になる。

グラナダのアルハンブラ宮殿もアル=カルア(城)とアル=ハムラ(赤)で、「赤い城」という当時の名称に由来している。

(地名の世界地図 文藝春秋)

 

スペイン王国の旗がこのアルハンブラに立ったとき、800年におよぶレコンキスタは完全に終わりをつげた。
さらには、これが今につながるスペインという国が誕生した瞬間でもある。

スペインにとっては、レコンキスタによって別のメリットがあった。
それまでの800年間、この地で蓄積ちくせきされていたイスラムの進んだ文化や技術を手に入れることもできた。

 

スペインはイベリア半島からイスラム教徒という敵を追い出すことに成功した。
でも今度は、同じイベリア半島にあるポルトガルと争うことになる。

ちなみにポルトガルは、1143年にカスティリア王国から独立して別の国になっていた。

 

おまけ

コロンブスは、ジパング(日本)にも行きたいと思っていた。

ともかくジパングの島に到着できるかどうか行ってみたいと考えております

(コロンブス航海誌 岩波文庫)

 

 

ランキングに参加しています。
よかったら、下のボタを押してください。



 

こんな記事もどうぞ。

日本という「アジアの光」①~19世紀のアジア・インド大反乱とに太平天国の乱~

日本という「アジアの光」② アジアの教科書から見た日露戦争

カテゴリー: ヨーロッパを知りましょ!

 

ツイッターで、日本の良いところ、つぶやいてます。
folow me plz.
@amamatsushizuo3

 

コメントを残す

ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。