キリスト教の宗派の違い⑥ 金じゃない!人は信仰で救われるbyルター

 

始めの一言
「世界の文かはアジアに始まって、アジアに帰る。それには、アジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを (アインシュタイン 大正時代)」「日本賛辞の至言33撰 ごま書房」

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今回の内容

・お金を出したら、人は救われるの?
・(ルター)人の魂は、信仰によって救われる。

 

・お金を出したら、人は救われるの?

人が宗教を信じる目的が、「魂の救済」だったとする。
死んだ後、地獄に行って苦しまないように、天国に行かせてほしいと願う。
そのためには、生きている今は、どうするべきか?

 

分かりすいのが、「良い行い」をたくさんすることでしょ。
例えば、お寺で、100円出してろうそくに火を点けて、仏像に備えること。
または、賽銭箱にお金を入れること。
賽銭箱に小銭を投げ入れて、チャリンとなったら、その分、死後の苦しみから離れて天国に向かう。
と、考えたら救われた気がする。かもね。

 

中世ヨーロッパのカトリック教会は、こういうことをすすめていた。
「免罪符を買えば、魂が救われますよ」と。
この免罪符を売っていた「テッツェル」という人は、こんなことを言ったという。

 

「贖宥状を購入してコインが箱にチャリンと音を立てて入ると霊魂が天国へ飛び上がる(ウィキペディア)」

 

でも、大切なことは、そういう「行為」や「活動」なの?
という疑問もあるはず。
宗教で大なことは、神や仏を信仰することでしょ。と思う人もきっと多いと思う。
大事なことは、どのような活動や行為をするのかではなくて、心の中ので活動、神を信じるという信仰こそ大事じゃないのか。
こういう考え方をしたのが、ルター(プロテスタント)になる。

 

今回は、そのことについて書いていく。

前に、ルター(プロテスタント)の基本的な考え方を列挙した。
で、前回は、その中の「煉獄は認めない」ということについて書いた。
「あなたは、死んだら、煉獄で苦しみますよ」と人々に恐怖を与えておいてから、「でも、この免罪符を買えば、救われすよ」と、救いを与える。
この商売方法で、カトリック教会が大儲けしたことから、ルターは、「オレは、煉獄なんて認めない」としたこと。

 

それを受けての今回のテーマ(ルター、プロテスタントの考え方)は、「人は、信仰によって義認されること(ヨーロッパの歴史 東京書籍)」というもの。
カトリックは、これとは逆で、信者個人の信仰ではなくて、「行為」によって義認される、と考えていたと思う。

 

ここで、ちょっと注意。
これから書くものは、ボクがキリスト教についてのいろんな本を読んだり、プロテスタント・カトリック教徒の友だちから聞いたことを頼りにしたもの。
「自己流」の解釈もあるけど、大きく間違っていないと思っている。
だから、参考までに読んで。
間違っている部分があったら、教えてください。

 

・人の魂は、信仰によって救われる

ルターは、とても真剣に「どうやったら、魂は救済されるのか」ということを考えていた。そして、ある日、それを悟った。
ルターは、それを「信仰」にあると気づいた。

 

ついに神は私に哀れみをかけられた。私は神の義が何であるかをようやく悟ったのだ。それは、神の恵みにより、義人がそれによって生きるところのもの、すなわち信仰にほかならない。(ヨーロッパの歴史 東京書籍)

 

神の義は、罪人を裁く審判の正義ではなく、信仰によって罪人を義とする神の恵みであり、人間はこの恵みに信頼する信仰によって救われるという福音の根本真理を悟るに至った(キリスト教入門 嶺重 淑)

 

「魂を救うためには、信仰することだ」という結論にたどり着いた、ということでしょ。でも、ここで言うルターの信仰とは、具体的にどういうものかは、はっきり分からない。
日本の辞書を引くと、こうある。

 

 

神仏などを信じてあがめること。また、ある宗教を信じて、その教えを自分のよりどころとすること。(goo辞書)

 

21世紀の辞書の意味での「信仰」と、16世紀のヨーロッパに生きたルターの言う「信仰」が、どこまで同じかは分からない。
でも、この辞書の意味の信仰が、日本人には分かりやすいだろうし、ルターの言う信仰とも、大きく違わないと思う。
ということで、以下に出てくる「信仰」は、この辞書の意味での信仰になる。

 

つなり、ルター派、「Godを信じてあがめること、その教えを自分のよりどころとすること」魂が救われるということに気づいた。

 

順番でいけば、ルターは、まず、「どうやったら、魂は救済されるか」をかなり真剣に考え、悩んだ。
そして、ルターは、「人は神の恵みに信頼する信仰によって救われる」ということを発見した(悟った)。
その考え方からすると、「魂が救われますよ」と、免罪符を売っているカトリックを認めるわけにはいかない。「あなたたちは、間違ったことをしてる」と批判の対象になる。

 

 

マルティン・ルターは、聖書を説くことより金集めに夢中な教会に抗議し、プロテスタントの宗教改革に火をつけた。(キリスト教封印の世界史 徳間書店)

 

こいうことで、ルターは、免罪符を買うという「行為」によっては、魂は救われないと主張し、信仰によって救われるという考えがプロテスタントの考え方になる。
ということを書いてきた。
次回、ルターのいう信仰について、もう少し書きます。


日本人とキリスト教徒(アメリカ人)との宗教観の違いについては、こちらをどうぞ。

アメリカ人と京都旅行 ~日本人とキリスト教徒の宗教観の違い~ 1~5

アメリカ人と京都旅行 日本人とキリスト教徒の宗教観の違い 6~11

 

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ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。