新教と旧教の違いとは⑧教会にキリストやマリア偶像が必要な理由

 

始めの一言

「寺院や妖精じみた庭園の水連の花咲く池の数々のほとりで、鎌倉や日光の美しい田園風景のただ中で、長く続く壮重な杉並木のもとで、神秘で夢見るような神社の中で、茶屋の真白な畳の上で、生き生きとした縁日の中で、さらにまたあなたの国のまどろむ湖のほとりや堂々たる山々のもとで、私はこれまでにないほど、わがヨーロッパの生活の騒々しさと粗野さとから救われた気がしているのです。
(アーノルド 明治時代)」

「逝き日の面影 平凡社」

 

 

今回の内容

・ヨーロッパでの聖像禁止について。
・何でカトリックには、キリストやマリアの像は必要だったのか?

 

以前の記事でも書いたけど、外国では、日本人からすると不思議なことが起こる。

ドイツのミュンスターという都市で、あるとき、プロテスタントのキリスト教徒の女性が、借りていた住居の階段で、聖母マリアの像を見つける。
それは、カトリックのキリスト教徒の大家が置いたものだった。
プロテスタントの女性は、そのマリア像を見て激怒し、「家賃を下げろ!」と、大家を裁判に訴えた。
裁判所の判決については、前に記事で書いたので、下にリンクを貼っておきます。

 

何で、このキリスト教徒の女性がマリア像を見て激怒して、大家を訴えたのか?
この争いは、同じキリスト教徒とはいえ、カトリックとプロテスタントの考え方の違いからきたものになる。
それだけじゃなくて、この女性と大家は、前から良い関係じゃなかったと思うけど。実際、訴えるほどのものこと?と思ってしまう。

 

今回と次回で、この訴えにかかわることを書いていく。

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こんなマリア像が、プロテスタントのキリスト教徒を怒らせた!

 

・ヨーロッパでの聖像禁止について。

ルターが聖像を禁止する前にも、ヨーロッパでは、聖像に関して大きな問題が起きていた。

ビザンツ帝国の皇帝が、「聖像禁止令」を出している。
ビザンツ皇帝レオ3世が発布した、イエスや聖母マリアといった聖像の厳禁と破壊を命じる法令。
偶像を否定するイスラームの影響から出されたが、ゲルマン布教に聖像を必要としたローマ教会との対立を深めることになった。

(世界史用語集 山川出版)

 

イスラム教の影響で聖像を禁止したのは意外。

カトリック教会は、ゲルマン地方のキリスト教を布教するために、この聖像が必要だと主張した。
ゲルマンとは、今のドイツや北欧の南部の当たりの地域のこと。
このゲルマンという言葉が、現在の「ジャーマン(ドイツ人を表す英語)」になる。

ドイツ語の英語におけるドイツ (Germany) の所有格。また、ドイツ人、ドイツ製の意味。ゲルマン(ゲルマン人)に由来。(ウィキペディア)

 

・何でカトリックには、キリストやマリアの像は必要だったのか?

この聖像禁止令が出された726年ごろは、ゲルマン地方には、キリスト教が行き渡っていなかった。
この地域にキリスト教を広めるためには、カトリックとしては聖像がどうしても必要だった。
聖像があると、どのように布教に役立つか?
これは、戦国時代に日本でキリスト教(カトリック)を布教したフランシスコ・ザビエルの記述を見ると分かる。

パウロは幼きイエスをひざに抱いた聖母の美しい絵を持ってきました。
インドで手に入れたものです。
大名はその絵を見ていたく心を打たれ、早速ひざまずいてうやうやしく崇敬を表し、なみいる者たちにも同様にするように命じました。
大名の母も来てうれしそうに、感嘆おくあたわざる思いでそれに見入っていました。

(ザビエルの見た日本 講談社学術文庫)

 

言葉が違う場所で宗教を広めるには、像や絵は本当に有効。
言葉を越えて訴えかけて、人びとの心をとらえることができる。
聖像を日本人に見せた後の展開は、ザビエルの期待どおりだっただろう。

その夫人は私たちにキリスト教の要点を書いてほしいと言いました。これに対してパウロは何日かかけてキリスト教の秘儀と法を自分の国の言葉で詳しく説明しました。「同書」

 

「言葉も通じないところだけど、がんばって宗教を広めて来い」と言われても困るだろう。
宗教の話をするためには、まず、外国人に「聞きたい」と思ってもらわないといけない。
その「つかみ」のためにも、この聖像が本当に「使える」。

 

仏教が日本に来た時もそうだったじゃん。
仏教が日本に公式に伝わったのは、538年とされている。
生まれて初めて黄金の仏像を見た日本人は、「異国の神はキラキラし」という感想をもったと 日本書紀にある。
今の日本人もタイのお寺に行けば同じ感想をもつけどね。

 

タイの寺といえば、お寺の内部に、シャカが生まれてから、悟りを開いて、入滅(死ぬ)まのでを描いた絵がよくある。
あれも、昔、文字が読めなかったタイ人に、絵を使って仏教の考えや教えを説明していたらしい。

 

ちなみに、この聖像禁止令がヨーロッパで出されたころは、日本では、奈良時代に当る。聖武天皇のが墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)を出したときと同じころ(743年)と同じ。

次回は、何でルター(プロテスタント)は、聖像を禁止したのか?について。

 

よかったらこちらもどうぞ。

「ヨーロッパ」カテゴリー 目次 ① 

「ヨーロッパ」カテゴリー 目次 ②


日本人とキリスト教徒(アメリカ人)との宗教観の違いについては、こちらをどうぞ。

アメリカ人と京都旅行 ~日本人とキリスト教徒の宗教観の違い~ 1~5

アメリカ人と京都旅行 日本人とキリスト教徒の宗教観の違い 6~11

 

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ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。