明治も平成も同じ。F35の公開、日本人が誇る日本の技術力。

 

海外旅行をする場合、大きく分けて2つの方法がある。

旅行会社が企画するパックツアーに申し込んで旅行するか。
それか、できるだけ旅行会社には頼らないで自分で旅行する。

ツアーと自由旅行にはいろいろな違いがある。
その両方をした経験から言わせてもらうと、ツアーと自由旅行の一番のちがいは達成感。

自由旅行は旅行会社には頼らない。
ホテルの予約・目的地への移動・観光地めぐりを自分の力でおこなう。
他人にやってもらわない分、自分でしないといけない。
だから独力でやっただけ、「なしげた!」という達成感を得ることができる。

 

ボクにとっての初めて海外旅行は中国で、そのときは自由旅行。
友人と合流するまでは、1人で中国の各地をまわっていた。

そのときはそれが当たり前だけど、スマホもネットもない時代の自由旅行はいろいろと面倒くさくて、それなりに大変。

でもその分、達成感を得ることはできた。
ツアーにはこれがない。

 

 

明治時代、福沢諭吉が「世界に誇るに足るべき事実」と満足げに言ったできごとがある。

日本人が自分たちの手で蒸気船をつくり上げて、その蒸気船で出航している。

それを福沢諭吉は、「これだけは日本国の名誉として、世界に誇るに足るべき事実だろう」と表現した。

日本に初めて蒸気船が現れたのは、江戸時代の終わりごろ。
生まれて初めて蒸気船を見た日本人は、日本と外国の技術力のあまりの違いに驚く。
驚きながらも、自分たちの手で蒸気船をつくることを決める。

それと同時に、外国人から航海術を学んだ。
そしてとうとう日本人の手で船をつくり上げ、自分たちの力でアメリカに向けて出発するまでになった。

福沢諭吉は、そのときの気持ちをこう記している。
*万延元年とは1860年のこと。

日本人が初めて蒸気船なるものを見たのは嘉永六年、航海を学び始めたのは安政二年のことで、安政二年に長崎においてオランダ人から伝習したのがそもそも事の始まりで、その業成って外国に船を乗り出そうということを決断したのは安政六年の冬、すなわち目に蒸気船を見て足掛け七年目、航海術の伝習を始めてから五年目にして、それで万延元年の正月に出帆しようというその時、少しも他人の手を借りずに出掛けて行こうと決断したその勇気といいその技倆といい、これだけは日本国の名誉として、世界に誇るに足るべき事実だろうと思う

(福翁自伝 岩波文庫)

 

今風の言葉でいえば、福沢諭吉もホルホルしていた。

 

 

この画像は下の記事のキャプチャー

 

先日、日本でつくられた初めての戦闘機(F35A)が公開された。

朝日新聞の記事(2017年6月5日)がそれを伝えている。

F35A、国内生産初号機を公開 空自配備の戦闘機

この日、公開されたのは、13年度予算で契約され、小牧南工場で組み立てられていた機体で「国内生産初号機」となる。

 

「日本で組み立てられた初めての機体」ということで、このニュースはいろいろなメディアが報道した。
日本で今、大きな話題になっている。
この点では、明治の日本人も平成の日本人も変わらない。
自分たちの手でつくり上げたものには達成感がある。
それは誇りにつながる。

福沢諭吉の表現だと大げさになるけれど、「これだけは日本国の名誉として、世界に誇るに足るべき事実だろう」といった感じだと思う。

でも、「少しも他人の手を借りずに」何かをなし遂げたことに誇りに感じるのは、現代の世界中の人たちも同じはず。

 

これはエヴァンゲリオン初号機

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。