梅雨と紫陽花(あじさい)は、日本語と中国語のコラボレーション

 

6月7日に、東海や関東甲信で梅雨入りした。

またやって来たか。
あのジメジメが。

 

梅雨と書いて「つゆ」と読むこの言葉は、日本語と中国語のコラボレーションによって誕生したとてもユニークな言葉だ。
「梅雨」の漢字は中国で生まれて、江戸時代に日本へやってきて「つゆ」と呼ばれるようになった。

梅雨を象徴する花、紫陽花(あじさい)も日本と中国の合作によって誕生している。
日本を原産地とするあじさいは、欧米などでも観賞用に栽培されて新しい品種が生まれている。
ヨーロッパで品種改良されたものがセイヨウアジサイだ。
ちなみに花言葉は「辛抱強い愛情」や「家族の結びつき」という日本人の好きそうなもの。

 

 

雨季のカンボジア。
托鉢たくはつをしているお坊さん。

 

では次に紫陽花という漢字なんだが、この漢字をつくったのは白居易はくきょい(772~846)という唐の時代の詩人だ。
相撲の掛け声の「はっけよい」はこの人に由来するというのは大うそだから、信じないように。

 

白居易

 

白居易は中国を代表する詩人で、「長恨歌」や「琵琶行」といった詩が特に有名で平安時代の日本文学にも大きな影響を与えた。
この白居易がつくった漢詩に「紫陽花」というものがあって、平安時代に倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)にその名が出てくるという。

「超漢字マガジン」にそのことが書いてある。

初めて「紫陽花」の表記が日本の書物に登場するのは、平安時代中期に源順(みなもとのしたがう)によって編纂された百科事典『倭名類聚抄』(わみょうるいじゅしょう)です。

紫陽花の名付け親

 

ということで、「紫陽花」の漢字を作ったのはまず間違いなく白居易だ。
ただ、彼が意味した紫陽花はあじさいではなくて、別の花のことだったらしい。
これはライラックのことだったのに、平安時代の歌人で学者の源 順(みなもと の したごう)がこの漢字を「あじさい」にあてた(誤用)ことで日本に定着したといわれる。

 

 

本日のまとめ

「梅雨(つゆ)」は中国生まれの漢字に、日本生まれの呼び方が結びついた言葉。
紫陽花(あじさい)の場合は、花は日本原産で中国人がその名前(漢字)を作った。

中国から日本へ伝わった言葉、日本から中国へ伝わった言葉はたくさんあるけれど、日本人と中国人のコラボレーションでできた言葉は少ないと思う。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。