インドの歴史③今も続く宗教対立:ヒンドゥー教とイスラーム教

 

「太った人間からはデブ税をとるべきだ!」

ある女性がネットでそんな主張をして、それが今話題になっている。
その人はこんな書きこみをしていた。

「デブ税として、公共交通機関でのデブの運賃倍制度導入希望!デブは、運賃を倍支払うべきです」

太った人が電車の座席に座ると、1人で2人分のスペースをとってしまうことがある。
だから「デブ税の導入を!」ということらしい。

でも結局、この投稿した人は謝罪している。
まあそうだろうな。

飛行機に荷物をのせるときは、荷物の大きさや重さによって料金が変わってくる。
でもその考えを人間に当てはめるのはマズイ。

 

「デブ税」のことは置いといて、税金については「平等にとる」ということがとても大事になる。
「ある人たちにだけ税金をかける」なんてことがあってはいけない。

特定の人をねらい撃ちにするような税金のかけ方は差別になる。
19世紀のカナダでそんなことがあった。
中国人だけに税金(人頭税)をかけたことは、今でも「負の歴史」として残っている。

特定の民族を排斥する意図で導入されることもあり、19世紀後半のカナダでは増加した中国系の排斥を目的に人頭税を課した事例がある。

「ウィキペディア」

ヒンドゥー教の神様
上がシヴァで下がクリシュナ

 

インドのムガル帝国が強大になった理由も弱体化した原因も、税金のかけ方にあった。

ムガル帝国はイスラーム教徒の皇帝が支配していた。
その第3代皇帝のアクバルは、インドの支配の仕方についてこう考える。

「インドをうまく治めるためには、いろいろな宗教の信者と友好的な関係を築かないとダメだな」

そういうことでアクバルは、ジズヤという税金の廃止を決めた。

宗教的には寛大政策をとり、ジズヤを廃止するなど諸宗教の融合を目指した。

「世界史用語集(山川出版)」

ジズヤとは、非ムスリム(イスラーム教以外の宗教の信者)が払うことになっていた人頭税のこと。
「もう君たちは人頭税を払わなくていい」と聞いたヒンドゥー教徒やシク教徒は当然よろこぶ。

 

アクバル(ウィキペディアから)
アクバルは「偉大な」という意味。
「アッラーアクバル」の「アクバル」。

 

アクバルが廃止したジズヤを6代目の皇帝アウラングゼーブが復活させてしまう。
アウラングゼーブはとても熱心なイスラーム教の信者。
彼が兄のダーラーを処刑した理由は、「ダーラーはイスラーム教を裏切った」というものだった。

アウラングゼーブがダーラーの首を切らせるのに使った口実は、彼がカーフィルになった、言いかえれば背教者、無宗教の徒、偶像崇拝者になってしまった、というものである。

「ムガル帝国誌 (岩波文庫)」

厳格なイスラーム王だったアウラングゼーブ(ウィキペディアから)

 

日本で「デブ税」が導入されたら、全国の太っちょが怒り出すに決まってる。
同じように、インドでジズヤを復活させたら非ムスリム(イスラーム教以外の宗教の信者)が怒り狂うに決まってる。

ヒンドゥー教徒やシク教徒はいっせいにアウラングゼーブの敵になった。

人頭税を復活させたため、マラーター王国やシク王国の反抗を受けた。治世の後半は農民反乱や貴族層の困窮化が進み、支配はゆらいだ。

「世界史用語集(山川出版)」

マラーター王国はヒンドゥー教の国でシク王国はシク教徒の国。
アウラングゼーブはアクバルの逆をした。

「宗教的には寛大政策」ではななく、非ムスリムを迫害したこことで、ムガル帝国は滅亡へと進むことになる。

 

頭にターバンを巻いているのがシク教徒
このシク教徒は富士山が大好き。
ちなみに、彼は生まれてから一度も髪を切ったことがない。
それがシク教の教えだから。

 

アウラングゼーブのようにヒンドゥー教徒やシク教徒など非ムスリムを敵にしてしまうと、インドの支配は本当にむずかしくなる。
インドの諸宗教が争うようになってしまったら、インドの統治はムリだろう。

このように、インドではヒンドゥー教徒イスラーム教徒の対立はむかしからあった。
それが最大の原因となって、1947年にはパキスタンが分離独立してしまう。

パキスタン共和国独立

イスラーム教徒を中心に、イギリス連邦内の自治領としてインドと分離・独立した。

「世界史用語集(山川出版)」

たとえば、30人が1つの教室にいて、そのうちヒンドゥー教徒が20人でイスラーム教徒が10人いたとする。
一緒にいたらケンカしてしまうのなら、「いっそのことヒンドゥー教徒だけの教室とイスラーム教徒だけの教室をつくったほうがいいい」という考えが出てくるのは、まあ分かる。

 

でも日本の歴史には、こんなことがない。
宗教の違いが理由となって分離・独立したというできごとは、日本にはない。

だから、こうした宗教の影響力や人を動かす力というのを日本人が理解するのはなかなかむずかしいと思う。
外交評論家の加瀬英明氏がこう言っている。

インドは独立後、ガンジーとネールの大失敗だったといわれていますけれども、パキスタンとインドに分かれてしまった。イスラム教徒にとっては、領土は千六百キロ離れた東西パキスタンだったわけです。ヒンズーとイスラムの国に分かれたときに、八千万から一億人が宗教の違いから、互いに故郷を捨てて、パキスタンとインドに移住した。宗教とは恐ろしいものですね。

「イスラムの発想(徳間書店)」

インド・パキスタンの分離・独立(ウィキペディアから)

左右の緑が西パキスタンと東パキスタン。
このうち東パキスタンは後に独立して、今のバングラデシュになる。

 

これはタンドールと呼ばれるオーブン(ウィキペディアから)。

 

このオーブンでつくられるのが「タンドリーチキン」という食べもの。
ナンと呼ばれるパンも、このオーブンの内側にはりつけて焼いてつくられる。

タンドリーチキン

 

タンドリーチキンはナンと同じく、インドで生まれた食べものではない。
イスラーム教徒がインドに持って来た食べものだ。

現在の形のタンドールはアフガニスタンで発生し、ムガル朝のインド征服とともにインドに伝わった。

「ウィキペディア」

インドというとヒンドゥー教のイメージが強いけど、いろいろなところにイスラーム教の影響がある。

 

インド北部にはたくさんのチベット仏教徒が住んでいる。
だからインド政府はダライラマの亡命を受け入れた。

 

パキスタンが独立するとき、インドにいた多くのイスラーム教徒はパキスタンに移住した。
とはいえ、今でも約1億8千万人のイスラーム教徒がインドで生活している。

「歴史はくり返す」という言葉があるけれど、インドでは今でもヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の対立や衝突しょうとつはなくならない。

その象徴のような事件が1992年12月にアヨーディアという都市で起きた。
アヨーディアにあったモスク(イスラーム教の礼拝所)が過激なヒンドゥー教徒によって破壊されてしまう。

イスラーム教徒がモスクを破壊されて黙っているわけがない。
インド全土でヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の殺し合いが始まる。

公安調査庁のホームページから。

これを契機にヒンズー教徒とイスラム教徒の間で大規模な暴動が各地で起き,2,000人以上が死亡したが,その多くはイスラム教徒とされる。

ヒンズー過激諸派

インド北東部には顔に刺青いれずみをする少数民族もいる。
ひょっとしたら、この人はキリスト教徒かもしれない。

画像はこちらのブログから。

アルナーチャルプラデーシュ州、イターナガルからジロとアパタニ族の女性。

 

これは1992年の事件だけど、今でもイスラーム教徒とヒンドゥー教徒の争いはなくなってはいない。
アヨーディアほどの大事件は起こっていないけれど、宗教対立によって人の命がうばわれてしまうことはある。

2015年には、「イスラーム教徒のヤツが牛肉を食べやがった!」とヒンドゥー教徒が怒って、集団でそのイスラーム教を殴り殺してしまった。

2015年10月22日のHuffpost Japan の記事から。

牛を殺して牛肉を食べた、として、デリー近郊の村に住むイスラム教徒男性が、怒った群集に撲殺された「牛肉殺人事件」の余波が、インド全土に広がっている。

インド「牛肉殺人」の波紋:政治家の消極対応で「宗教対立再燃」の懸念も

ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒が対立していたら、インドは絶対にうまくいかない。
だから今のインド政府は、国内の諸宗教が争わないようにいろいろな配慮をしている。
インドの場合、宗教対立の他にもヴァルナ(カースト)間での対立もあるからむずかしい。

インドという国を治めるうえでもっとも大切なことは、ムガル帝国のアクバルのときと変わっていない。
宗教的に寛大政策をとることや諸宗教の融和をめざすことだろう。

 

 

タイの観光地「アユタヤ」は、この記事で出てきたアヨーディアにちなんでつけられている。

タイの古都アユタヤ更にはインドネシアの古都ジョグジャカルタもアヨーディヤーの名に由来する。

「ウィキペディア」

おまけ

インドには宗教対立からは離れ、静かでのんびりしたところもある。
ケララ州のボートトリップの様子。

 

こちらの記事もいかがですか?

宗教 「目次」

インド 「目次」

インドの歴史①ムガル帝国の皇帝アクバル、成功と人気の理由

 

コメントを残す

ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。