青いキットカットの時代:イギリスと日本と第二次世界大戦

 

日本に住んでいる外国人は、日本で見た不思議なものやビックリしたことをよくSNSに投稿している。

そして、「なにそれええ!」とか「本当に??」といった友人からの反応を楽しんでいる。

 

たとえば、日本にいるイギリス人がFacebookにこんな投稿をしていた。

 

イチゴのキットカットなら日本では珍しくもない。

でもイギリス人にとっては、これが驚きになる。
この投稿をしたイギリス人は、この写真といっしょにこんな文を書いていた。

Strawberry kit Kats and cheese fondu Pringles…..god I love this country’s snacks.

イチゴのキットカットとチーズフォンデュのプリングルズ・・。
神よ、この国のお菓子を愛しています。

この写真を見た母国のイギリス人の反応がこれ。

That looks awesome!! Xxx
STRAWBERRY KIT KATS!!!!!

すげええ!
イチゴのキットカットだああ!!!

きっとこんな気持ちだと思う。

キットカットはイギリスで生まれたものだから、イギリス人は誰よりもよく知っている。
イギリスにあるキットカットからしたら、イチゴのキットカットはイギリス人の想像を越えている。

それでこんな反応になる。

 

イギリスでみかんは「サツマ」と呼ばれている。
これは薩英戦争の影響。

 

前にキットカットのことを調べていたら、このお菓子と第二次世界大戦には関係があることを知った。
ボクにとっては、イチゴとキットカットの組み合わせよりも、こちらの関係のほうが意外だった。

今回は学校の歴史の授業とはちょっと違う視点から、第二次世界大戦のことを書いていこうと思う。

 

 

キットカットは1935年(昭和10年)にイギリスで誕生する。

これがそのキットカット。

ネスレの「キットカットヒストリー」から。

 

このころはまだ「キットカット」という言葉はなく、「チョコレート クリスプ」という名称だった。
でも、赤いパッケージは今も変わらない。

このキットカットは、もともとはイギリスの労働者階級の人たちのためにつくられた食べものだった。
「Have a break(休憩しよう)」という言葉にその名残りがある。

 

 

「キットカット」という名前がついたチョコレートバーが販売されたのは、2年後の1937年のとき。
このころのキットカットの外見は、今のキットカットとあまり変わらない。

でもこの時代、世界はどんどん悪い方向に進んでいた。

 

 

キットカットが生まれた1935年、ヨーロッパではドイツのヒトラーがヴェルサイユ条約を破棄して再軍備を宣言する。
第二次世界大戦へのカウントダウンが始まったわけだ。

2年後の1937年には、日本と中国の間で日中戦争がはじまった。
これはチョコレートバーに「キットカット」の文字がつけられた年のこと。

そして1939年、ついに第二次世界大戦が勃発ぼっぱつする。
第一次世界大戦と第二次世界大戦には、こんな違いがある。

第一次世界大戦時よりも殺傷力の大きな兵器が使用され、非戦闘員を含めて多数の犠牲者を出した。

「世界史用語集(山川出版)」

第一次世界大戦の特徴は新兵器の登場と総力戦にあった。
第二次世界大戦には、軍人だけではなくて非戦闘員、つまりふつうの市民が多く犠牲になったという特徴がある。

1940年に日本はドイツと手を組む(日独伊三国軍事同盟)。
そしてともに敗戦する。

 

第二次世界大戦は枢軸すうじく国と連合国との世界的な規模での戦争。
こんなことを覚えておこう。

枢軸国:ドイツ・日本・イタリアなど。
連合国:アメリカ・イギリス・フランス・ソ連など。
開始:第二次世界大戦は、1939年にドイツがポーランドへ侵入したことによって始まる。

 

1939年9月、ドイツ軍がポーランドに侵攻した。
ウィキペディアから。

 

第二次世界大戦はドイツ軍のポーランド侵攻に始まり、アメリカ軍の原爆投下で終わった。

 

第二次世界大戦のとき、イギリス軍の兵士はキットカットを食べながら戦っていた。
・・ということは知らないけど、この時にキットカットのパッケージの色が変わっている。

キットカットといえば「赤いパッケージ」というイメージが強いけど、第二次世界大戦のときは違う。
このときのキットカットは青色をしていた。

ネスレのホームページにそのことが書いてある。

「キットカット」だけを残し、さらにこれまでの赤いパッケージから青に変更。「戦争が終わるまでチョコレートクリスプは作れません」と広告を打ちました。

青いキットカットの時代

ネスレのホームページから。

青いキットカットの時代には、このような文がつけられていた。

「戦争が終わるまでチョコレートクリスプは作れません」

キットカットが赤いのは、「イギリスはとりあえずは平和だ」ということ。

 

下の写真は、香港の博物館に展示されている青い時代のキットカット。
このとき香港はイギリス領だった。
1840年のアヘン戦争で中国(清)はイギリスに負けてしまい、香港をイギリスに取られている。

画像はウィキペディアから。

 

キットカットが日本に上陸したのは、1973年(昭和48年)のとき。

そのころの世界と日本は?

この年、アメリカ軍がベトナムから撤退している。
これは、ベトナム戦争が実質的に終わったことを示している。

またこの年、日本ではアース製薬から「ごきぶりホイホイ」が発売されている。
これは、人間とゴキブリの新しい戦いが始まったことを示している。

 

44年前に日本に来たキットカットは、今ではすっかり日本人の日常生活に溶け込んでいる。
世界でのキットカットの売り上げをみてみると、1位は母国イギリスで2位は日本だ。
日本は世界的なキットカット大国でもある。

*チョコレート菓子のポッキーのパッケージが赤いのも、このキットカットの影響かも。

 

キットカットは日本で独自の進化をとげる。
桜のキットカットは日本だけ。
抹茶のキットカットは、タイ人の日本土産の定番になっている。

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。