日本と韓国の文化、同じと違い。パトロンと梨園って?

 

始めの一言

「日本人は、心の苦しみや痛みを直接言葉で交換し合うよりは、『心のうちを察する』とか『慮る』というコミュニケーションを大切にする。だから『失敗』したという弱みからくる心の痛みを解消しようと、『言い訳』をしたり、自分を正当化することを好まない人たちだ。(呉善花 平成)」
「ワサビの日本人と唐辛子の韓国人(祥伝社黄金文庫)」

 

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今回の内容

・文化(芸術)を育てるためには?
・日本の雅楽のすごいところ

 

・文化(芸術)を育てるためには?
前回、韓国にある優れた伝統文化である陶磁器や伝統音楽を紹介した。

さて、芸術家に必要なものは何か?
優れた才能!
はもちろん。でも、それだけじゃダメ。
その才能にお金を出してくれる人を見つけないといけない。

 

画家が絵を描いても、買ってくれる人がいなかったら、生活ができない。
当然、画家を続けることができない。
好きなことで食べていくためには、好きなことで食べていけるまで、何とか生活をしないといけない。

 

「オレが金を出す。おまえは、絵を描いてくれ」という具合に、芸術家にお金を出して生活を支えてくれる人を、一般に「パトロン」という。

 

一般には後援者,保護者を意味するが,特に芸術家を経済的に援助する場合にこの名称が用いられる。芸術が職業として成り立つ以前は,パトロンとしての王侯貴族や有力者の庇護が必要であった。(大辞泉)

 

 

では、韓国(朝鮮)の場合のパトロンは、誰か?
優れた陶磁器や音楽は、誰のためにつくられたり、演奏されたりしてきたか?
それは、朝鮮という国の支配者だった国王や両班(ヤンバン)のため。

 

両班

高麗や朝鮮の特権的な支配階層。
文官(文班)・武官(武班)の総称であったが、朝鮮時代には官僚を事実上独占した家柄や身分をあらわすものとなった。

 

ソウルの北村というところには、この両班の家が伝統建築物として残っている。
ソウルに行ったら、ここに足を運んでもいい。

 

では、高麗や朝鮮は、どうやって保護していたのか?
多分、高麗や朝鮮の「先生」だった中国を参考にしたのだろうと思う。

 

中国の場合、 唐の玄宗(げんそう)という皇帝が、俳優や歌手を育てる場所を宮殿の中につくっている。
「国立(官営)芸人養成所(?)」みたいな場所。

 

その養成所は、「梨園(りえん)」と呼ばれていた。
現在の日本では、歌舞伎の言葉になっている「梨園」ですよ!
この「梨園」という中国語は、唐の時代の長安で生まれている。

 

梨園

語の由来は、唐の玄宗の初年(712年)に、唐都長安西北郊の西内苑内で、芸人達を梨が植えられている梨園と称される庭園に集め、音楽教習府と呼ばれる施設で芸を磨いたことに始まる。(ウィキペディア)

 

「現在の中国では、もう「梨園」という言葉は消えて、日本にしか残っていない」ということを聞いた記憶があった。
けど、ネットには「福建省梨園劇伝承センター」というものがある。
中国から完全になくなったわけではないようだ。

 

韓国(朝鮮)の場合も、梨園のような芸人の養成所を王宮内につくっていたはず。王や貴族がパトロンになって、芸人を支援していたのだろう。
と思っていた。

けど、本やネットで探したけど、具体的な場所や名前は見つからない。

実は、この記事では、こんな展開を期待していたんだけどね。

 

高麗や朝鮮でも、『中国の養成所(梨園)をつくって芸人を育てる」というやり方を取り入れた。
そして、中国同じ名前の「梨園」があって、そこで人びとが芸の腕を磨いていた。
日本の歌舞伎の梨園は、実は、中国や韓国にもあったのだ!

 

でも、結局、高麗や朝鮮での芸人養成所の名前は分からず。
ボクが思い描いていたような展開にはならず。
無念。

 

でも、朝鮮時代、梨園のような国立の養成所で、国楽の演奏家たちが腕を磨いていたはず。それが現在の韓国の伝統音楽になっていることは、間違いない。
そうは、確信している。

 

でも、韓国(朝鮮)では、16世紀ごろからこの国楽が廃(すた)れていったらしい。韓国の高校生の歴史教科書「韓国の歴史(明石書店)」には、こうある。

 

しかし16世紀中葉以後には、音楽の主体が宮中から庶民社会へ移って、唐楽、郷楽などの俗楽が発達した。

 

何で16世紀に音楽の主体が宮中から庶民社会へ移ったか?
「移った」というのは、多分、朝鮮の国家予算なくなって、音楽家が失業したということではないか?
この歴史教科書には、別のところで、16世紀以後、「政府の財政事情も悪化し」と書いてある。

 

お金がなくなったら、まっ先に削られるところは、芸能の分野だろう。
現在の日本の会社でも、経営がうまくいかなくなった場合、まず切られるのは、会社が抱えているスポーツや芸術の団体だ。

 

それまで、朝廷から給料をもらっていたプロの演奏家が、給料をもらえなくなって、王宮から出ていった。
それで、庶民に音楽を教えて生活することで、庶民に「唐楽」や「郷楽」といった音楽が発達した、と思う。
音楽が発展するのは、まずは先生が必要だろうし。

 

ただ、「音楽の主体が民間に移った」ということは、宮中音楽の国楽としての発展は、なくなってしまったということなんだろうか?

 

・日本の雅楽のすごいところ

ここで、話を日本の雅楽に移す。
雅楽は、古くから、天皇家が保護してきている。
言ってみたら、天皇家がパトロン。
ボクが、「日本の雅楽」と聞いて頭に浮かぶのは、雅楽演奏家の「東儀秀樹(とうぎ ひでき)」さん。

 

この人のすごいところが、東京都出身というところ。
ではなくて、奈良時代から続いている楽家(がくけ)の子孫だということ。
これが、1300年間続いているのがすごい。

 

「東儀家(とうぎけ)は、奈良時代から今日まで1300年以上の間、雅楽を世襲してきた樂家(ウィキペディア)」の家系になる。

このことをネットで調べていたら、気になる記述を見つけた。

奈良時代にはすでに家芸を父子相伝する習慣があったと考えられている。

白鳳13年(684年)に歌男・歌女・笛吹者は子孫に伝えて歌笛を習わしめよという詔勅があり、下って宝亀9年(778年)には「家々の伝受の秘説」を集めた(『教訓抄』)という記事があるため、この頃には父子相伝の秘曲が存在していたと思われる(ウィキペディア)

 

詔勅(しょうちょく)ということは、これは、天皇の命令になる。
「家芸を子ども伝えよ」ということを、国家として行うようになったということだろう。
こんな命令を、中国の皇帝や朝鮮の国王が出しことがあるのかな?

 
中国や韓国で、千年以上続く楽家の家系というのがあるのかな?
韓国については、国楽で数百年続く家系というのは、本やネットで探した限りでは見つからなかった。
韓国にはいなかった、という可能性がすごく高い気がする。

 

この「知識や技能を子に引き継がせなさい」という天皇の命令が、その後の日本で一般的な考えになった。
そして、代々続く職人や老舗といった日本に特徴的な存在を生み出すことにつながっている。
そんなことを思ってみた。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。