日本と韓国(朝鮮)の文化交流 朝鮮から伝わったもの(有田焼)

 

はじめの一言

「地球上に日本人のような人種はいない。日本人は哲学的精神の研究対象である。日本人は審美眼のある人種である。美しいものを好むが、またグロテスクなものをも好んでいる。(ヘボン 江戸時代)」「日本絶賛語録 小学館」

 

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今回の内容

・自慢の朝鮮白磁
・日本に伝わって有田焼に

 

・自慢の朝鮮白磁

現在のアーティストは、ファンが作品を買うことによって生活を支えられているけど、昔は、パトロンという人が芸術家を育てたり、支えたりしていた。

一般には後援者,保護者を意味するが,特に芸術家を経済的に援助する場合にこの名称が用いられる。芸術が職業として成り立つ以前は,パトロンとしての王侯貴族や有力者の庇護が必要であった。

(デジタル大辞泉)

このことと韓国の伝統音楽について、前回書いた。

今回は、陶磁器について書いていきたい。

 

 

王がいた時代、最高級の陶磁器は国王や支配者階級の人間が使っていた。
だから陶磁器をつくるところも「国営」で、国がお金を出して職人の生活を保護していた。

その昔、陶磁器技術は国家財産のようなもの。朝鮮時代には、お隣の広州(クァンジュ)に窯元が集められ、400年以上にわたって王室直営の官窯が置かれていました。やがて、良い土の取れた利川へと多くの窯元が移っていきました。

にこまるツアー

前に高麗青磁のことを書いたから、今回は朝鮮白磁について。

この記事を書くにあたって、「韓国陶磁器財団」のHPを参考にさせてもらった。
ここにある文を読んでいて、「韓国人の文章だな」と面白く思ったのがいくつかある。

まずはこの文。

世界の流行が白磁に変わると、「ソンビ精神」の具現である節度の美意識を新しい朝鮮白磁に表現した

朝鮮で白磁がつくられたのは、16世紀ごろ。
この時代の朝鮮人にとって「世界」というのは、そのまま「中国」のこと。
中国こそが世界の中心と朝鮮人は考えていた。

 

この朝鮮人の認識は19世紀になっても変わらない。
たとえば19世紀末の朝鮮人は、こんな世界観をもっていた。

世界の中央たる清帝国のいかに偉大で栄えあることか!
清帝国は世界で最も大きく最もゆたかな国である。
世の偉人はすべて中国の生んだものである

(イザベラ・バード 朝鮮紀行 講談社学術文庫)

 

朝鮮白磁について、ウィキペディアにはこうある。

「中国の元、明の白磁の影響を受けたもの(ウィキペディア)」

ということで、「世界の流行が白磁に変わると」というのは、正確には、「中国の流行が白磁に変わると」ということ。

中国の変化を受けて、朝鮮でも白磁をつくられるようになったということだろう。
もちろんそのときは、中国人から技術指導を受けていたと思う。

韓国人の文章では、中国が韓国に与えた影響についてちょっとぼかした表現をすることがある。

 

あと韓国人は日本人より愛国心が強い。
文章からそんな気持ちが伝わってくることがある。

伝統継承の精神、開放と調和の国際感覚を維持したために可能でした。
韓国は常に中国と肩を並べ、世界屈指の陶磁文化の国という地位を確立してきました。

韓国陶磁器財団

こんな感じで、韓国人の文章にはいろいろなところで「わが国は誇らしい」感がある。
中国の影響をぼかすのも、「わが国は誇らしい」に反するからだろうしね。

でもそれが韓国人にとっては当たり前で、日本人とは感覚が違うだけだろう。
日本人の文章はひかえ目だから、韓国人にとってのふつうの文章が「誇らしく」感じてしまう。
呉善花さんという韓国人は、本でこう書いている。

韓国人から来た手紙を日本語に訳して日本人の友だちに見せると、ギョッとする人が多いですね。
ズケズケと失礼だとか、何でこうも威張ったような言い方をするのかと言うのです。

(日本の驕慢 韓国の傲慢 徳間書店)

ところで、「韓国は常に中国と肩を並べ、世界屈指の陶磁文化の国という地位を確立してきました。」というのは、ぜひ中国人の意見を聞いてみたいところ。

でも、朝鮮白磁が素晴らしいことは間違いない。
韓国の高校生の歴史教科書にこう書いてある。

16世紀には洗練された白磁が広く流行した。白磁は陶土がはるかに固いばかりでなく、青磁より清らかで淡白であり、純白の高尚さをただよわせ、士大夫の趣向にふさわしい趣きをただよわせてた。

(韓国の歴史 明石書店)

 

・日本に伝わって有田焼に

明の白磁が朝鮮に伝わる。
その後それが日本にも伝わった。

「伝わった」という言い方はよくないかもしれない。
日本の場合は、豊臣秀吉がおこなった朝鮮出兵のときに朝鮮人の陶工を日本に連れてきたから。
日本での磁器つくりこのときからスタートした。

 

このときに日本に連れて来られた朝鮮人が、「李三平(李三平から)」で、有田焼はこの人から始まったと言われている。
そして優れた陶器をつくり出した李三平は、日本名を名乗ることができた。

「有田焼」は日本全国へ供給・世界への輸出と、その名を知られるようになります。
李参平はその功績を称えられ出身の錦江島の名をとり、日本名を「金ヶ江三兵衛(かながえさんべえ)」と名乗る事を許されました。

陶祖李参平窯、十四代金ヶ江三兵衛の公式ホームページ

この金ケ江三兵衛(李三平)から始まる金ヶ家の14代目が、現在も有田焼をつくりつづけている。

 

こちらもどうぞ。

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。