アジアの人たちは日本の戦争責任を聞きたいのか?謝罪より支援。

 

日本にとって、8月15日は終戦記念日になる。

72周年となる2017年のこの日、安倍首相が談話を発表した。

首相はこの話のなかで、「戦争の惨禍を、二度と、繰り返してはならない」と不戦の誓いをするとともに、戦後の日本についてこう言っている。

「戦争を憎み、平和を重んずる国として、ただひたすらに、歩んでまいりました」

 

ただ、この首相談話を問題視する新聞があった。

首相の話のなかに、「アジア諸国への加害と反省」の言葉が5年連続で入っていなかったから。
過去の首相は、終戦記念日の談話で「アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」と述べていた。

でも安倍首相は、そんな日本の加害責任についてはふれなかった。

これが一部の新聞には不満らしい。

ちなみに天皇陛下はお話のなかで、「深い反省」に言及されている。

 

 

首相が「日本の加害責任」にふれなかったことに対して、中国と韓国はそれを批判するコメントを出している。

中韓にとってはそれがあたり前として、東南アジアの国々はどう思っているのだろう?

東南アジアの人たちも、8月15日に、日本の首相が戦争責任について述べることに注目や期待をしているのだろうか?

 

ちょうどインドネシア人とタイ人の友人に会ったから、話を聞いてみた。

結論から言えば、2人ともまったく気にしていない。
「日本の首相は、アジアへの戦争責任や反省について話すのだろうか?」ということには、まったく注目していなかった。

そもそも、そのインドネシア人とタイ人は、8月15日が日本の終戦記念日だということも知らなかった。
「そう言えば、そんなニュースを見たような気がします」というていど。

首相が談話で、アジアへの加害責任に言及するかどうかについても、「別にどっちでもいいんじゃないですか?」という感じで関心がない。

 

インドネシアやタイにいる人たちはどうなのか?
「日本の戦争責任」について関心があるのだろうか?

ボクがそのことを聞いたら、彼らはこんなことを話していた。

「8月15日が日本の終戦記念日だなんて、ふつうの人は知りませんよ。日本の首相が何を言うかなんて、だれも気にしないでしょう。日本にそこまで関心がある人はほとんどいないと思いますよ」

 

 

ただ、このような朝日新聞の記事(2017年8月15日)もある。

第2次世界大戦中、旧日本軍によって多くの華人(中国系住民)が犠牲になったマレーシアの首都クアラルンプールで15日、犠牲者の追悼式典が行われた。

「侵略忘れられない」マレーシアで太平洋戦争の追悼式典

東南アジアの国には、今でもこうした式典がおこわれているところもある。

ただこの記事を読むと、この式典は亡くなった人を供養することが主な目的のようだ。
この式典で、日本に対して反省や謝罪を求めてはいない。

 

マレーシアにはいろいろな人がいる。
こうした追悼式典がおこなわれる一方で、過去には「日本が何度も謝罪することが理解できない」と言った首相もいた。

一九九四年八月下旬、東南アジア四か国を歴訪した村山富市首相は、フィリピン人とシンガポールで戦争責任問題について謝罪し、各国で事実上のODA増額を約束した。

そしてマレーシアでは、マハティール首相に「日本が五〇年前に起きたことを謝り続けるのは理解できない。過去のことは教訓とすべきだが、将来に向かって進むべきだ。日本はこれからアジアの平和と安定のために国連安保理常任理事国入りして、すべての責任を果たしてほしい」と求められ、面食らってタジタジとなってしまった。

(アジア人と日本人 大前研一)

マレーシアだけを見ても、いろいろな考え方がある。

 

 

「グローバルニュースアジア」というサイトで、東南アジア諸国の8月15日のニュースを見てみた。

タイ・フィリピン・ミャンマー・インドネシアなどの国では、「安倍首相は5年連続で加害責任にふれなかった」というニュースはない。

タイではこんなニュースがある。

日タイ修好130周年記念展覧会「マンガ・北斎・漫画」展がタイ各地で開催

 

ふつうのタイ人にとっては、日本の首相の言葉よりもこっちのほうに興味があるのだろう。

友人のインドネシア人とタイ人が言ったことや東南アジアでのニュースからすると、8月15日に、日本の首相が戦争責任について言及するかどうかを注目している人がいるようには思えない。

 

 

安倍首相が日本の加害責任についてふれなかった背景には、戦後七十年談話で、次世代には「謝罪を続ける宿命を背負わせない」と表明したことがあるはず。

この考えには賛成だ。
日本がアジアでしたことについて学んで戦争について考えることは大事。
だけど、日本人が謝り続ける必要はない。

 

マハティール首相の言葉を思い出すべき。

「日本が五〇年前に起きたことを謝り続けるのは理解できない。過去のことは教訓とすべきだが、将来に向かって進むべきだ」

「日本は戦争はしないで、平和な世の中を築いていく」と不戦と平和を誓ったうえで、未来志向でアジアの国々とつき合っていったほうがいい。

謝罪をしないということは、何もしないことではない。
「すみませんでした」と頭を下げるのではなくて、謙虚けんきょになってアジアの人たちの声に耳をかたむけ、日本にできる支援や協力を積極的にやっていくとういこと。

 

これはカンボジアの500リエル札。

日本の支援によってつくられた「キズナ橋」がこのお札の描かれている。
アジアが日本に求めているのは謝罪ではない。
高い技術力をいかした支援だ。

日本はアジア諸国に対して謝罪するのではなく、感謝されることをしたほうがいい。
戦争の残酷さを知って平和を誓い、アジアの人のためになることをするべきだ。

ほとんどのアジアの人たちが望んでもいない「加害責任」はもういいだろう。

 

 

72年とは、どれぐらいの長さなのか?

江戸時代から昭和がこの期間に相当する。

1858年(安政5年)に、井伊直弼がアメリカのハリスと日米修好通商条約調印して日本は開国した。
その72年後の1930年は昭和15年になる。
上野駅に地下商店街が誕生したのがこの年だ。

昭和の日本人が江戸時代の「加害責任」を負わなければいけないのか?
もう考え方を変えていいだろう。

 

それと日本の戦争責任について、中国と韓国はとても注目しているけど、東南アジア諸国はほとんど関心がない。
「アジアは~」といっても、東アジアと東南アジアはまったく違う。

 

おまけ

バンコクのカオサンロード

 

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東南アジアを知りましょ! 「目次」 ①

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4 件のコメント

  • こんにちは、以前コメントをさせていただいた菊池です。

    今回の文章を拝見し、共感する部分もあるものの「ちょっと違うんじゃないかな」と
    感じる部分もありましたので、またメールさせていただきました。

    まず、「謝罪」と「反省」は意味が違う、ということです。
    私も毎年終戦記念日のたびに「申し訳ありませんでした」「ごめんなさい」と
    語る必要はないと思います。
    だからと言って「加害責任を感じる必要はない」「反省も後悔も必要はない」
    とは思いません。

    終戦記念日は、戦争で亡くなった人々、多くの苦痛を味わった人々に思いを馳せ、
    その死を悼み、悲しみを共有する日だと思います。
    でも同時に、あの戦争は日本人にとって、巻き込まれたすべての人々にとって
    何だったのかを考える日でもあると思うのです。

    なぜ日本はあのようなアジア全体を巻き込むような大戦争を起こさねばならなかったのか。
    本当に一部の人が言うように、だれが指導者になっても避けようのない戦争だったのか。
    判断を間違えたとしたら、誰がどのように間違えたのか。
    当時の指導者は、戦争を避けるために何をし、何をしなかったのか。

    戦争の結果について語るのは容易でも、原因について語るのは本当に難しいと思います。
    それこそ言葉一つ間違えると(内容は間違えていなくても言い方一つで)、保守派からも
    左翼陣営からも糾弾の嵐が起きますし、日本中大騒ぎになります。

    だから戦争を考える日ではあるけれど、安易にこういう理由で戦争は始まった、と結論めいた
    ことはあえて述べず、さまざまな情報を出して皆がそれぞれに考えていくのが、
    いま私たちにできる最小限のことではないかと思います。

    そして同時に戦争がもたらした惨禍がどのようなものであったかを考える日でもあると思います。
    その中には広島、長崎、沖縄や、各戦場で私たちの祖父母たちが蒙った悲惨な体験ももちろん
    重要なのですが、一方で日本軍がアジア各地でもたらした加害の数々を知る必要もあると思うのです。
    いまのアジア各地の若い人々が日本軍の蛮行に興味がないからといって、
    日本人も考えなくてもよい、ということにはならないと思います。

    アジア太平洋戦争の反省は、受けた被害、与えた被害、すべてを含めて考えていく必要が
    あるのではないでしょうか。

  • こんにちは。
    コメントありがとうございます。

    100人いれば、100種類の意見があります。
    これはその1つでしかありません。
    違った意見や考えがあるのは当然です。

    >さまざまな情報を出して皆がそれぞれに考えていくのが、いま私たちにできる最小限のことではないかと思います。

    その通りだと思います。
    ぼくの記事もその1つです。
    太平洋戦争について学ぶことは大事だと記事に書きました。
    考察から生まれた「謝罪」と「反省」は個々の内面にかかわるものですから、その解釈や重点の置き方はそれぞれが考えて決めたらいいと思います。
    それらは強制ではなくて自発的なものですから。

    「アジア」といっても東アジアと東南アジアがあります。
    ボクは、ここでは東南アジアのことをさして書きました。
    8月15日の日本の首相の談話で「加害責任について述べるかどうか?」ということについて、アジアの人たちは関心がありません。
    日本に住んでいるタイ人もインドネシア人も、首相の談話以前に日本の終戦記念日を知りませんでした。
    もちろん中国と韓国は違います。

    若い人に限らず、東南アジアの人たちは日本の加害責任について興味がありません。
    「加害の数々」ということであれば、日本が来る前に支配していたヨーロッパや日本が去った後に自国の政府が自国民に対して行った加害の数々も知った方がいいです。
    前後を無視して日本の統治期間だけを取り出すのは、特定の意図がある場合で、アジア人のふつうの発想ではないでしょうね。

    だから日本は謝罪ではなく、アジアの人のためになることや感謝されるようなことをしたほうがいいと考えたまでです。

    >太平洋戦争の反省は、受けた被害、与えた被害、すべてを含めて考えていく必要があるのではないでしょうか。
    同感です。
    そのために、この記事を書きました。

  • さっそくお返事をいただき、本当にありがとうございました。m(__)m
    これからもコメントをさせていただくこともあるかと思います。
    どうぞよろしくお願いします。

  • とんでもないですっ。
    わざわざありがとうございます。
    あの返事はたぶん菊池さんの考えとは大きく違っていて、おそらく反感をお持ちになると思っていたので、こんな丁寧な返事をいただいて恐縮しています。
    ただ、「ぼくのブログを読んで、何かを考えるきっかけにしてほしい」と思っているので、少し刺激的、断定的に文章を書いています。
    「平和が大事」「戦争はダメ」ということはだれでも知っているし、そんなキレイな一般論を書いても意味がないと思いますので。
    また、ぜひコメントをください。

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    今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。