「日本=ケンシロウ説」② 中国(長安)に学び、京都をつくった。


 

始めの一言

「日本!それはヨーロッパ並びにヨーロッパ文明の支配する世界にとって日出る国である。さまざまの夢、奇蹟への期待、芸術文化と人間文化との連想がこの国に結びつけられている(ブルーノ・タウト 明治時代)」
「ニッポン 講談社学術文庫」

 

IMGP9418

 

今回の内容

・「日本=ケンシロウ説」
・「学習能力」で、京都をつくった。
・京都と洛陽

 

・「日本=ケンシロウ説」

北斗の拳のケンシロウの強さは、「学習能力」にある。

自分より強い人間と戦うという経験をくり返すことで、自分も強くなるという「学習能力」の高さがその強さの理由。
そんな北斗神拳の奥義には「水影心(すいえいしん)」というものがある。
これは、一度戦った相手の技を身につけて自分のものにするというもの。
これも、優れた学習能力をあらわしている。

日本の「強さ」の理由も、このケンシロウの強さの理由と同じ。
「相手の良さを身につけて、自分のものにする恐るべき学習能力」

よって、ここに「日本=ケンシロウ説」が成立する。
たぶんね。
歴史上、日本の学習能力の高さをしめしたことは2つある。

1つ目は、奈良・平安時代に、中国に学んで国を発展させ、律令国家にしたこと。

2つ目は、明治時代は、西洋に学んで富国強兵を成功させ、近代国家(立憲国家)にしたこと。
2つとも、北斗神拳の奥義「水影心(すいえいしん)」のように、相手の良いところを自分のものにしている。
きっとね。

 

・「学習能力」で、京都をつくった。

日本はまず、大国である中国(隋・唐)に学んで強くなった。
この時代、日本は学生で唐は「先生」のような存在。

 

唐 618~907

・隋を滅ぼして李淵(りえん)が建てた王朝。都は長安。律令制・均田制・租庸調制を確立。

・領域を拡大して東アジアに唐文化圏を形成したが、内乱の後、朱全忠(しゅぜんちゅう)に滅ぼされた。(日本史用語集 山川出版)

 

中国人に「中国の歴史で、一番好きな王朝はなに?」ときいたとき、最も多かった答えがこの唐王朝。
現在の中国人からみても、唐は誇りにできるような大帝国だったらしい。

 

この唐という「先生」から、進んだ文物や制度を学んで日本にもたらしたのは、ごぞんじ遣隋使や遣唐使に人たち。

 

遣唐使

・日本から唐に派遣された正式な外交使節。
・律令国家の政治・文化の発展に大きく寄与した。
(日本史用語集 山川出版)

 

今の日本で、この唐の影響を感じられるところといえば、京都がある。
京都は、遣隋使たちが唐から持ち帰った情報をもとに、唐の都だった長安をモデルにしてつくられている。

 

モデルというか、平安時代の日本人にしてみたら、日本の地に長安をつくろうとしたのではないかと思う。

 

正門である「羅生門(らじょうもん)」やそこから始まる朱雀大路(すざくおおじ)は、そのまま長安の門や道と同じ名前だ。
「平安京」の「平安」という言葉も、「長安」という都市名を参考にしてつけられたのだろう。

この世界的な観光地である京都も、日本人の学習能力によってつくられた。

 

・京都と洛陽

ボクが京都の大学に受かったとき、合格案内に「上洛(じょうらく)のさいは」という言葉があって驚いた。
「上洛」とは「京都に行く」ということで、「洛」は「京都」のことを指している。

 

平安時代の日本人には、隋の都「洛陽(らくよう)」や唐の都「長安」は憧れの都で、自分たちが住んでいる京都をその名で呼ぶことがあった。

京都は、古く詩文において中国王朝の都に因み、洛陽、長安などと呼ばれた(ウィキペディア)

 

「憧れの国の地名を、自国の領土の地名にする」というこの発想はタイでも見られる。
バンコクの公園や駅名にある「ルンピニー」は、シャカが生まれた「ルンビニ」という地名から名付けられている。
この辺は、さすが仏教国のタイ。

 

また、「アユタヤ」はインドの「アヨーディア」から名づけられたと言われる。

一般には『ラーマーヤナ』物語のラーマ王子の国、インドのアヨーディヤにあやかってアユッタヤーと名付けたと言われる

(ウィキペディア)

 

13886461_10205457557197780_6079331793239081108_n

タイのアユタヤ

 

もう長安はないけど、洛陽なら今でも中国にある。
街のいたるところに、「千年帝都」と書いてあったのはさすが洛陽。

 

香港人と京都に行ったときに、この文字が香港人を驚かせていた。

IMG_6655

「これは、中国の洛陽のことですか?何でこんなところに『洛陽』の文字があるんですか?」
その香港人は、京都も洛陽も知っていた。
けれど、京都と洛陽の関係がまったく分からなくて混乱していた。

 

京都が洛陽や長安と呼ばれていても、現在の京都は中国の都市とはまったく違う。
最初は、日本に中国風の都市である長安を築こうしたと思ったのだろう。

でも、それからもう1300年がたっている。
今では、すっかり「日本の京都」になっている。

 

長安や洛陽には、日本で生まれた神社・畳・枯山水の庭などはない。
現在の京都から、上の3つがなくなったらもうそれは京都ではない。
特に、「畳のない京都」なんて想像できない。

 

IMGP4287

 

それに、石も違う。
中国の御影石と日本の御影石はずい分違うため、石畳の道をつくるにしても、どちらの石を使うかで雰囲気もだいぶ変わってくるという。
やはり、京都の雰囲気には日本の御影石が合うらしい。

 

ということで、ケンシロウの「水影心」にも通じる日本人の「学習能力」が発揮された例には、長安を参考にして京都をつくったことがある。

 

でも、日本の国にとって大切なことは、このことより唐という国をよく学んで、日本を律令(りつりょう)国家にしたこと。

次回に、そのことを書きます。

 

おまけ

「京都と洛陽」について、Record Chinaにこんな記事(2016・8・15)があった 。

中国の古都・洛陽が日本でしっかりと保存されていることに中国ネットは「日本に感謝すべき」「中国の良いものはみんな破壊されてしまった」

記事は、1500年の歴史を持つ古都・洛陽は、中国では戦火や工業化などのために、今では面影がほとんど残っていないが、日本の京都には完全な形で保存されていると紹介。

平安時代に洛陽を模して造られた平安京は、現在では京都と名前を変えたものの、いたるところに「洛陽」を見ることができるとした。

 

このことに対する中国人の反応は、こんな感じ。

「唐と宋は日本に、明と清は韓国に、民国時代は台湾に、マルクス主義は中国に残っている」

「中国のものはみんな無くなってしまったよ。どの駅でおりてもみんな同じ光景だ」

 

ランキングに参加しています。

日本人に日本の良さを、もっともっと知ってほしいと思います。
よかったら、下のボタンを押してください。

 

良かったら、こちらもどうぞ。

浜松と宇都宮が「餃子の都」になった理由

日本という「アジアの光」② アジアの歴史教科書から見た日露戦争

世界で日本とインドだけが行うこと・原爆犠牲者への黙とう~平和について①~

日本を知ろう! 「日本」カテゴリー 目次②

イギリス人が見た日本・日本が世界の歴史で初めてした誇っていいこと

日本、世界にデビュー!江戸のパリ万博参加・ジャポニズムとその後 ④

日本はどんな国? 在日外国人から見たいろんな日本 「目次」

日本の特徴 民族宗教(神道)が世界宗教(仏教)と仲良し!

 

ツイッターで、日本の良いところ、つぶやいてます。
folow me plz.
@amamatsushizuo3

このブログには、姉妹編があります。良かったら、こちらも、ご覧ください。

・英会話ブログ英会話で『ええ会話』」

今、ネイティブから習っているレッスンを復習代わりに、ここで紹介しています。 内容は、中学レベルの英語が中心です。 ただで、レッスンが受けれるようなもので、お得ですよ。

 

・歴史・文化などの雑学的なブログ「日本と世界のあれやこれや」

日本や世界の歴史、文化、社会のことをあれやこれやと雑学的を書いてます


投稿者: kokontouzai

今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。

コメントを残す