韓国の敵は韓国人。朝鮮出兵敗北の理由は言い争いからの自滅。

 

今回の記事は、ほぼ秀吉の朝鮮出兵について。

ということでクエスチョン。

豊臣秀吉が天下統一を成しとげたのは、いつだったでしょう?

それは1590年。
その2年後、秀吉は朝鮮半島に攻めこんだ。

1592年の文禄の役と1597年の慶長の役の2つを合わせて、「朝鮮出兵」という。
最後は秀吉が亡くなったことで、日本軍が朝鮮半島から撤退して終わり。

 

韓国ではこの朝鮮出兵を今でも憎んでいる。
そして、豊臣秀吉は激しく嫌われている。
「韓国人がもっとも嫌いな日本人」の1人にあげられるほど。

韓国では「朝鮮出兵」ではなくて、「壬辰倭乱(イムジンウェラン)」と呼ばれることが多い。
「倭」とは日本のことで、これはかなり差別的な言葉だ。

そういえば、中国人か台湾人か忘れたけど、「倭乱」の文字を見て「ヒドイ言葉ですね」なんてことを言っていた。

朝鮮が日本に攻められたとき、一時、日本軍に朝鮮半島のほとんどを奪われるほど、朝鮮がぼろ負けする。
今回はその理由を書いていこうと思う。

一言で言ったら、朝鮮人どうしの内輪もめによる自滅。

実はこれは今の韓国も同じ。
「韓国の敵は韓国人だった」ということがよくある。

 

 

朝鮮出兵の話の前に、「朝鮮」という国名について簡単に説明させてほしい。

朝鮮という国の歴史は長い。
1392年から1910年まで、約500年も続いていた。
*1897年からは、「大韓帝国」と国名を変えている。

ひと昔前に歴史を習った人は、「李氏朝鮮」で教わったと思う。
でも、今は「朝鮮」という言い方が増えている。

文部科学省は2002年に「李氏朝鮮」という呼称について「表記が不適切」との検定意見をつけた。

「ウィキペディア」

これからは「朝鮮」という呼称が一般的になるはず。
ということで、この記事では「朝鮮」という呼び方を使うことにする。

 

韓国の博物館で見た呪いのわら人形
朝鮮時代に使われていたらしい。

 

朝鮮出兵が始まる前、朝鮮はその気配を感じていた。

「豊臣秀吉は、朝鮮半島に攻め込んで来るのだろうか?」

それを知りたかった朝鮮は、使者を日本へおくって、その可能性をさぐらせることにした。
その使者には、「東人(トンイン:とうじん)」と「西人(ソイン:せいじん)」の人間がいた。

「東人」と「西人」は、朝鮮の官僚たちが組織した派閥(グループ)のこと。

 

でも、日本から戻って来た使者は、まったく違うことを言う。

西人の通信正使・黄允吉は、日本が多くの兵船を準備しており、必ず侵略すると主張したのに対して、東人の金誠一は侵入する兆しがないばかりか、豊臣秀吉は恐れるほどの人物でもないと言った。

「朝鮮王朝実録 朴永圭(新潮社)」

西人の使者は「日本は必ず攻めこんで来ます」と言うけど、東人の使者は「日本は来ません」と言う。
この2つの報告を受けた朝鮮の朝廷は、どちらか正しいのかを判断しないといけなくなった。

でもそれは、朝廷内の派閥争いで決まってしまう。

朝廷の西人に属していた官僚は「黄允吉が正しい」と主張し、東人の完了は「金誠一こそ正しい」と互いにゆずらず、言い争いをはじめてしまう。

でも、最後は力関係。
結局、影響力の強かった東人が勝って、「日本は攻めてこない」という説が採用された。

 

朝鮮時代の官僚(両班)の家

 

「どちらが正確な情報なのか?」ではなくて、「どちらの党が強いのか?」という国内の権力争いで国の重要な判断が決まってしまった。

「秀吉は攻めてこない」という朝廷の決定により、それまでおこなっていた築城を中断させ、戦争に対する備えを放棄してしまう。

日本軍が朝鮮に攻めんこんで来たのは、その次の年だ。
国の守りをしていなかった朝鮮は負けに負けてしまう。

二十万の大軍を侵入を受けた朝鮮は二十日後の五月二日、首都漢城を明け渡してしまった。(中略)間もなく、朝鮮は全羅道地域と平安道の一部を除いた全地域を日本軍に取られてしまった

「朝鮮王朝実録 朴永圭(新潮社)」

「都漢城を明け渡してしまった」というのは、国王はすぐに首都から逃げ出してしまったということ。

国王およびかれを取り巻く文臣たちは、民衆を置き去りにして真っ先に明との国境の義州に逃れ、ひたすら明の救援を要請した。

「朝鮮儒教の二千年 (姜在彦)」

なんで朝鮮が短期間でここまでぼろ負けしたのか?

「戦国時代で鍛えられた日本軍が強かった」ということはあるけど、「日本は攻めて来ない」と判断した朝廷のミスは見逃せない。
そして、この決定は国内の官僚の派閥争いで決められた。

 

敵は日本だったはず。
なのに、東人と西人の2つのグループに分かれて、朝鮮人どうしが互いを敵にして争ってしまう。
朝鮮が日本軍にいいようにやられてしまった大きな理由には、朝鮮人の内輪もめによる自滅がある。

 

朝鮮出兵のときに活躍した李舜臣
今では、韓国の国民的英雄になっている。
でも、この像が持っている刀はなぜか日本刀という説がある。

 

今の韓国もこのときとあまり変わらない。

21世紀になっても、同じ韓国人を”敵”にして争い、韓国にダメージを与えてしまう。

最近の中央日報にも、そんな記事(2017年10月30日)があった。
日本と中国は今、どんどん強くなっている。
外から国難が近づいているにもかかわらず、韓国の政治家は言い争いばかりしている。

そんな韓国の政界をこうなげく。

にもかかわらず文在寅(ムン・ジェイン)政権と野党は積弊清算をめぐって激しく対決している。あたかも数十万の倭軍が海を渡ってくる中で東西朋党に分かれた400年余り前を見るようだ。

さらに強くなった習近平主席と安倍首相に囲まれた韓半島

「歴史はくり返す」か?

倒産寸前の会社の中で、「だれが社長になるか?」で社員が争っても意味がない。

でも、韓国の政治家はこうした内輪もめをよくやっている。
日本でもあるけど、韓国のほうがヒドイと思う。

韓国の新聞を読んでいると、そんな韓国の政治家にウンザリするような記事がけっこうある。

 

李舜臣の軍の旗

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。