明治の文明開化!イルミネーション、郵便(前島密)、電線の始まり

 

はじめの一言

*小泉八雲(ラフカディオハーン)が「買いたかった」もの

「一点の雲なき空にかかっている白たえの富士の山もーいや、正直なことを言えば、この日本の国をまるまる全部、手品から出たような樹木も、光りみなぎる大気も、世界中で最も愛すべき四千万の国民も、そういうものを全部ひっくるめた、この日本の国 (小泉八雲=ラフカディオハーン 明治時代)」

「日本賛辞の至言33撰 ごま書房」

 

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今回の内容

・イルミネーション
・郵便制度
・電話線

 

明治日本の近代化は、外国人から見たら驚異的なスピードだった。

「文明開化」の様子をその目で見たあるアメリカ人は、「魔術的指揮棒の一振りで完成させた」と書いている。

「日本の陸海軍の創設、警察機構、行政組織は諸外国の最高例を範とし、また教育機関は完璧で、米国、英国、ドイツも制度から得た賞賛すべき最高結合体となりました。

さらには郵便制度、灯台、電信、鉄道、病院も西洋と同じ方式を採用しています。

すべてこれらは、緩慢な成長、遅鈍な発達、悠長な必要性の所産ではなく、ほとんど自発的に日本帝国の魔術的指揮棒の一振りで完成させたのです

(シドモア日本紀行 講談社学術文庫)」

 

「自発的に日本帝国の魔術的指揮棒の一振りで完成させた」と、カッコよく書いてくれている。
けれど急速な社会の変化には、日本の庶民がついていけていなかった。

生まれて初めて見た列車に驚き、思わず「土下座」してしまった日本人もいた。

明治5年、鉄道の登場! 列車に驚き、「ひれ伏す」日本人

 

今回の記事では、明治の文明開化に驚いた日本人の様子を書いていきたい。

 

 

・イルミネーション

今の日本の冬に欠かせないのが、イルミネーション。
クリスマスはもちろん、全国各地で豪華なイルミネーションが人々の目を楽しませている。

日本でこのイルミネーションが登場したのは、明治の日露戦争のころだったらしい。
そのことが、「明治の話題 ちくま学芸文庫」に書いてある。

東京のイルミネーションは多分日露戦役中からであらう。
戦争が終わって海陸将兵の凱旋(がいせん)する頃には、凱旋門をはじめ、市内の各所にイルミネーションが点ぜられ、都人士の眼を眩(まばゆく)くした

(明治の話題 ちくま学芸文庫)

東京の各所に「凱旋門」があったということは、今の日本からしたら驚いてしまう。

 

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ホーチミン市の郵便局(ベトナム)

 

・郵便制度

「うたでつづる 明治の時代世相 上」によると、日本で飛脚制度から郵便制度に変わったのが、明治4年になっている。

そのころは、東京で出した書状が大阪に届くまでに3日と6時間かかったという。

そんな時代にはこんな歌が流行っていた。

郵便の たよりうれしく 手にとり見れば あれさイヤだよ 人ちがい

(うたでつづる 明治の時代世相 上)

 

この郵便制度が全国にひろがったのが、明治5年。
そしてこの年に、「ハガキ」が登場している。
前島密(まえじま ひそか)がこの郵便制度を日本に導入した。

前島密

日本の近代郵便制度の創設者の一人で1円切手の肖像で知られる。「郵便」や「切手」、「葉書」という名称を定めた。その功績から「郵便制度の父」と呼ばれる。

(ウィキペディア)

 

テレビもラジオもネットもなかったこの時代、新しく始まった郵便制度というものを庶民が理解するのは、なかなか大変だったらしい。

郵便ことはじめの当時にはいろいろな珍談がある。

全国どこでもハガキが行くのなら、市内ではその半分ですむだろうというのでハガキを半分に切って使ったり、宛名をただ「をば様、東京にてウメ拝」と書いたり、また或いなか者が、東京の書状集箱(ポスト)に書いてある「便」の字を見て、「差入口」から放尿して罰金をくらったというウソのような話が残っている。

(うたでつづる 明治の時代世相 上)

 

 

・電話線

「明治百話(岩波新書)」では、生まれて初めて「電話線」を見た日本人の様子が書いてある。

今の日本では当たり前の電話線も、明治の日本人にはそれが何か分からない。

人間、得体のしれないものには恐怖を感じてしまう。

ある日本人は、初めて見た電線を「外国による日本支配」だと思ったらしい。

外人が我日本国に針金の縄張を為す手始めだろうといって大いに恐怖の情を抱いた

「明治百話 (岩波新書)」

 

そこに、物知りの日本人があらわれる。
そして何も知らずに恐れおののいている彼らに、針金の「本当の意味」を伝える。

物知りが言うには、それはキリスト教(切支丹)の魔法らしい。

異人の談話の道具で、針金の中は竹の如く筒仕掛となってその穴から音声が通ずるものだ、これも切支丹魔法の一つだ

(明治百話 岩波新書)

 

「そうなんだ!」と感心した人びとがその電話線を手に取って見ようと引っ張ったため、電話線が切れてしまった。
それでその人たちは、警察につかまってしまったという。

 

 

またこの電線を「汚れている」と考えて、その下を通るときは扇子(せんす)を頭にかざしていた日本人もいた。

彼らのことは、前に記事で書いた。
「神風連(しんぷうれん)」と呼ばれる人たちのこと。

庶民にとっての明治の文明開化とは、こんな感じだったらしい。

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。