大連と日本、反日デモが起きない理由。日露戦争とアジア。

 

10年ぐらい前、中国を旅行していたとき、上海の中国人ガイドからこんな話を聞いた。

「大連に行くといいですよ。大連は本当にきれいな街ですから」

ということで、その数年後、大連に行ってみた。
ほかの中国の都市よりはゴミが少なくてきれいな気がするけど、思っていたほどでもない。

大連のガイドは「大連の街がきれいだったのは、もう昔の話です」と言う。
今の大連には、地方から出稼ぎに来る中国人がたくさんいて、ほかの都市とあまり変わらないらしい。

以前の大連がきれいだったのは、「日本人の影響です」とガイドが話していた。

大連は日本と深いつながりがある。
今回は、そのことと大連で反日デモが起きない理由、さらに日露戦争がアジアの国にあたえた影響を書いていこうと思う。

 

左上に大連がある。

 

大連では、ガイドからこんな質問をされた。

「あれは大連駅です。日本にある駅をモデルにつくられました。どこの駅か分かりますか?」

 

答えは上野駅。
大連駅は上野駅をモデルとして、1937年に建てられた。

 

上野駅(1932年)

 

大連駅(1937年)

 

大連の都市づくりは、三国干渉でロシアがこの地を租借地(そしゃくち)としたことから始まる。
ロシアはここを「ダルニー(遠い、遠いところ)」と名づけた。

ロシアの後、日本がここを統治した。
日露戦争の勝利によって、日本は大連をロシアからゆずり受けたから(ポーツマス条約)。

旅順・大連

日露戦争後、ロシアは租借権を譲渡。第二次世界大戦の日本の敗戦により中国に返還された。

「日本史用語集 (山川出版)」

日本はここを「大連」と名づけた。
今の中国で、日本人がつけた都市名がそのまま残っているのは大連ぐらいだろう。

日本は大連を重要視して、ここに満州鉄道の本社や大和ホテル(この記事の上にある画像)をつくった。
上下水道や電気など、都市の基盤も日本が整備している。

 

ポーツマス条約の様子

 

大連は、反日感情が少ないことでも知られている。

中国で反日感情が高まると、反日デモが起きて、日本車や日本語の看板が破壊されることがある。

でも、大連ではそんな反日デモが起こらない。
朝日新聞がそのことを記事(2012年9月23日)にしている。

「ずっと通常営業している。店への攻撃は心配していない」。日本語の店名を掲げた居酒屋の中国人女性店員はそう話した。(中略)中国各地で反日のナショナリズムが吹き荒れる中、なぜ、大連だけが表向き平静を保ったのか――。

なぜ?「反日」見えぬ街・大連 ひらがな看板隠さず営業

大連で反日デモが起きない理由として、記事では、地元当局がデモの発生を厳しく封じ込めようとしていたことや日本企業で働いている中国人が多いことなどをあげている。

 

これとは別で、大連の中国人ガイドから聞いた話がある。

「反日デモが起きないのは、「大連をつくったのは日本人だから」ということがあります。私は、今の大連があるのは、日本のおかげだと思っています。それまで中国政府は、ここを見向きもしませんでした。戦争に負けて日本人が大連から出て行くとき、港で泣いている中国人はたくさんいました。日本人が嫌いな中国人はいましたけど、日本人とうまくつき合っていた中国人もいました」

大連はほかの都市ほど反日感情が高くない。
その背景には、この時代の日本人のおこないがある。
大連で日本車や日本語の看板が破壊されないのは、過去の日本人のおかげでもある。

 

とはいえ、この中国人ガイドは日本による大連統治を100%良かったとは思っていないし、「日本は中国を侵略した」という認識を持っていた。
良い面と悪い面の両方を冷静に見ていたと思う。

 

日露戦争で203高地を攻め落とした場面

 

おまけ

日露戦争のことが出てきたから、この戦争がアジアにどんな影響を与えたのかを知っておこう。

日露戦争 1904~05

満州・韓国をめぐる日露両国の戦争。
5月、日本海海戦でバルチック艦隊に勝利。9月、米大統領の調停によりポーツマス条約に調印。20世紀最初の帝国主義戦争。

「日本史用語集 (山川出版)」

日露戦争の日本の勝利を、インドネシアの高校の歴史教科書「インドネシアの歴史(明石書店)」では、こう記述している。

日本のロシアに対する勝利は、アジア民族に政治的自覚をもたらすとともに、アジア諸民族を西洋帝国主義に抵抗すべく立ち上がらせ、各地で独立を取り戻すための民族運動が起きた

 

さらにこう続ける。

インド、フィリピンでは、日本の近代化のあと民族運動がいっそう活発になった。太陽の国が、いまだ闇の中にいたアジアに明るい光を与えたのである

 

インドのガンディーはこう言っていた。

ロシアの武力に対してかがやかしい勝利をおさめたことを知って、感動に身ぶるいしました

「日本賛辞の至言33撰 (ごま書房)」

 

タイの歴史教科書にはこう書いてある。

中国とロシアに対する日本の勝利は、ヨーロッパの植民地下にあるアジアの国々に影響を与え、小さな国のアジア人も、白人の大国ヨーロッパに勝てるかもしれないという確信をもたらした。

この勝利はアジア諸国に影響を与えただけでなく、日本は自国の威力に自信をつけた。

「タイの歴史 (明石書店)」

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。