「ガンディーのやり方が、ヒトラーやポル・ポトにも通じたの?」④~日本人は杉原千畝だけじゃない~


 

 

  ・有効なだったのは、「脱出」だ

 ガンディーの唱えた「非暴力・不服従運動」の中で、ナチスやポル・ポト政権の支配下でも有効なものがあったとしたら、それは「脱出」であったと思う。

 

 ガンディーは、「非暴力・不服従運動」の一例で、村人が気に入らない命令を出した王への抵抗として、村人が村から出て行ったことをあげている。

村人が村から出て行ったため、「王は慌ててしまいました。人民に許しを請(こ)い、命令を撤回しました(真の独立への道 岩波文庫)」と、この「非暴力・不服従運動」は成功したと話している。

 

 ただ、そこにいたら命の危険に冒(おか)されるのだから、言われなくても、ユダヤ人もカンボジア人も脱出を試みている。

 

先ほどの村人このように、自分の意思だけで出て行けるのなら、ユダヤ人は、喜んでナチス政権下のヨーロッパから出て行っただろう。

脱出を試みても、うまくはいかず、悲劇的な結果に終わることは多かった。

次の例は、その最たるものだ。

 

 

 ・「絶望の航海」

 ナチスのよる最終解決(ユダヤ人の抹殺)が決まる前の1939年に、安全と自由を求めてナチス・ドイツから脱出しようと、937人のユダヤ人を乗せた「セントルイス号」という船がハンブルグの港を出た。


彼らは、キューバのハバナという都市に上陸するであ
ったが、突然、それができなくなってしまった。

「乗客はハバナに到着したものの、受け入れを承諾していたはずのキューバ政権は突然態度を変え上陸を拒否した。次いでアメリカにも拒絶されてしまう。当時のルーズベルト大統領は、セントルイス号がアメリカ領内に入ったらただちに砲撃すると通告した

憎しみの大地 落合信彦)」

 

 そして、彼らはこうなった。

「船は絶望にうちひしがれた人々を乗せ、世界の港を転々としていく。しかし、行く先々で入国拒否を通告され続ける。やがて、行き場を失ったセントルイス号は、旅立った元のハンブルグ港へと引き返す他はなかった。乗客たちを待っていたのはアウシュヴッツやダハウなどの強制収容所であり、最終的にはガス室だった(同書)」

 


この「絶望の航海」が起きたのは、先ほども書いたように1939年のこと。

この記述を読むと、当時、世界の多くの国がユダヤ人受け入れを拒否していたように見える。

しかし、日本人はその例外だったらしい。

 

 

・杉原千畝(すぎはら ちうね)

 翌年1940年に、当時、外交官だった杉原千畝がビザを発給してユダヤ人を海外に逃している。

彼の人生は、映画にもなっている。

 

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杉原千畝(ウィキペディアから)

 

「リトアニアの首都カウナスの日本領事館代理の時、ナチスの迫害を逃れたユダヤ人らに、日本通過のビザを発給。1969年、イスラエル政府から『イスラエル建国の恩人』として表彰された

(日本史用語集 山川出版)」

 

 ・樋口季一郎(ひぐち きいちろう)

  また、「絶望の航海」の前年の1938年には、日本軍の「樋口季一郎」という中将も、多くのユダヤ人の命を救っている。

ユダヤ人が建国したイスラエルでは、国家建設に貢献をした人を記録するための「ゴールデンブック」というものがある。そのゴールデンブックに、この樋口中将の名が刻まれている。

 彼らのような協力者がいなかったら、ユダヤ人がヨーロッパから出ることはほぼ不可能だったろう。

 

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 ・ポル・ポト政権下からの脱出

 また、ポル・ポト政権下でも、命の危険を感じた多くのカンボジア人が国から脱出しようとしている。しかし、そうした人たちは、以下のような状況だったらしい。

 「たいへんな危険を冒して地雷原を渉り、その他死にいたるさまざまな罠を越えて、国境の向こう側の自由をめざしたたのだった。タイのアランヤプラテートの難民キャンプに収容されたカンボジア難民によると、国境を無事越えることのできたのは、十人に一人の割合でしかなかった

(シアヌーク回想録 中央公論)」

 

 先のガンディーの例え話では、王が慌てて人民に謝罪して命令を撤回したが、こんな理想的なエンディングは、ナチスやポル・ポト政権にはこんな結末は望めそうにない。


 ガンディーの話は、「農民が働くことで、王が生活できている」ということが前提に成立する話で、「相手を残さず殺すこと」が目的の相手には通用しないだろう。

 


投稿者: kokontouzai

今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。

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