日本人の誇り・ユダヤ人を助けた杉原千畝と樋口季一郎。

 

今、安倍首相がラザニアを食べている。

いや違った。
安倍首相はリトアニアを訪問している。

 

「リトアニアって?」という人はこれを見てほしい。

面積:6.5万平方キロメートル(日本の約6分の1)

人口:284.9万人(日本の約45分の1)

首都:ビリニュス(人口約53万人)

言語:リトアニア語

宗教:主にカトリック

この数字は外務省ホームページ「リトアニア共和国(Republic of Lithuania)基礎データ」から。

 

 

「リトアニアに行くのなら、あそこには絶対に行ってほしい!」と思っていたところに行ってくれた安倍さんありがとう。

その場所とは、第二次世界大戦中、リトアニアにいた外交官・杉原千畝(すぎはら ちうね:1900年~1986年)の記念館。

当時、多くのユダヤ人がナチス・ドイツから迫害を受けて苦しんでいた。
彼はそんなユダヤ難民の亡命を手助けし、彼らの命を救っている。

杉原千畝

リトアニアの首都カウナスの日本領事館代理の時、ナチスの迫害を逃れたユダヤ人らに、日本通過のビザを発給。1969年、イスラエル政府から『イスラエル建国の恩人』として表彰された

「日本史用語集 (山川出版)」

杉原がユダヤ難民に出したビザは「命のビザ」と呼ばれている。

 

ユダヤ難民を救った「命のビザ」

一時に多量のビザを手書きして万年筆が折れ、ペンにインクをつけては査証を認める日々が続くと、一日が終わり「ぐったり疲れて、そのままベッドに倒れ込む」状態になり、さらに「痛くなって動かなくなった腕」を夫人がマッサージしなくてはならない事態にまで陥った

「ウィキペディア」

共同通信社の記事(2018/1/14)に、この記念館を訪れた安倍首相の言葉がある。

「杉原氏の勇気ある人道的な行動は世界中で高く評価されている。同じ日本人として誇りに思う」と同行記者団に語った。

首相「日本人の誇り」

イスラエルには「杉原千畝通り」という道がある。

AFPの記事(2016年6月8日)によると、数千人のユダヤ人を救った彼の功績をたたえるためにこの名が通りにつけられた。

氏の功績をたたえ、同氏の名を冠する通りの命名式典が7日、イスラエル沿海の都市ネタニヤ(Netanya)で行われた。

イスラエルに「杉原千畝通り」、功績たたえる

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杉原千畝

 

でも、「ユダヤ人の命を救った日本人」といえば、もう一人忘れちゃいけない人がいる。
杉原千畝を「日本人の誇り」と呼ぶことができるなら、この人もそう呼んでいいはず。

それが、樋口季一郎(ひぐち きいちろう:1888~1970年)という陸軍の軍人。

 

樋口もまた、多くのユダヤ難民の亡命を手伝った。

ソ連を通って逃げてきたユダヤ難民は、満州国に入る許可が得られず困っていた。
満州国の手前で足止めされたユダヤ難民は寒さに震え、餓死者や凍死者も出る緊急事態におちいる。

そのときに、カウフマンというユダヤ人が樋口季一郎に助けを求めた。
樋口は命の危険にさらされたユダヤ難民のために、一肌脱ぐことを決心する。

国境近くにいたユダヤ難民を満州国に入れて、彼らの亡命を手助けした。
彼はこうして、数千人(一説には2万人)のユダヤ難民を救っている。

 

 

日本の敗戦後、ソ連が樋口を戦争犯罪人としてソ連に引き渡すように求めたけれど、マッカーサー総司令部はこれを拒否する。

その陰には、世界ユダヤ協会の働きかけがあった。
「樋口がソ連から身柄の引き渡しを求められている」ということを知った世界ユダヤ協会が、「彼は多くのユダヤ人を助けてくれた恩人である」とアメリカ国防総省に働きかけたことで、戦犯リストから樋口を外させることに成功した。

樋口は、命を救ったユダヤ人から助けてもらったことになる。
イイハナシダナ~。

ユダヤ人が建国したイスラエルには、国家建設に貢献をした人を記録するための「ゴールデンブック」というものがある。そのゴールデンブックに、この樋口季一郎の名前が刻まれている。

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。