フランスのユダヤ人差別、今と昔。ドレフュス事件とテロ/放火。

 

去年、浜松市で、市内に住むイスラーム教徒がこんなことを訴えて話題になった。

「イスラーム教徒の子どもでも食べられる給食を出してほしい」

イスラーム教徒は豚肉を食べることが禁止されているから、今の学校給食をそのまま食べることはむずかしい。

それで、そのことをフランス人の友人聞いてみたら、彼はこんなことを言う。

「学校で、イスラーム教徒用の食べ物を用意するべきかどうか。それはフランスでも今、大きな問題になっている。フランスでは、教育という公の場に宗教を持ち込んではいけないんだ。フランスは、ヨーロッパで政教分離が一番厳しい国だからね」

ということで今回は、フランスでの政教分離やそれに大きくかかわる「ドレフュス事件」について知っていきましょう。

 

 

10日ほど前、こんなNHKのニュ―ス(2018/01/10)があった。

「フランスにはもう反ユダヤ主義はないというが現実は全く違う」 パリ近郊のユダヤ教徒向けスーパーで放火か

 

3年前、パリにあるユダヤ教徒向けの食料品店が襲われて、4人が殺害されるテロ事件が起きた。
その事件からちょうど3年後の1月9日に、ユダヤ教徒向けのスーパーで放火と見られる事件が発生する。

「1月9日」というのは偶然ではないだろう。
この火事の約1週間前には、ユダヤ教徒向けの食料品店にナチスのマークが書かれていたという。

NHKのニュースでは、この火事でフランスに住むユダヤ人が衝撃を受けたり、ユダヤ人差別に不安を感じたりしているという。

3年前のテロ事件で親族を亡くしたという女性は「フランスにはもう反ユダヤ主義はないというが現実は全く違う」と憤りを見せていました。
フランスでは、3年前の事件以降、ユダヤ人を標的にした事件は減少傾向にありましたが、再び排他的な風潮が広がらないか懸念も出ています。

 

「フランスでユダヤ人差別」と聞くと、19世紀末の「ドレフュス事件」が頭に浮かんでくる。

ドレフュス事件

フランス第三共和政を揺がした政治危機。
1894~1906年社会の根底に横たわる社会的・政治的緊張を露呈し,共和国の存続そのものを危険にさらした事件として知られる。
1894年ユダヤ系の陸軍大尉 A.ドレフュスがドイツに情報を売ったとして終身流刑に処せられた。

(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説)

ユダヤ人のドレフュスは「ドイツに情報を売ったスパイ」とされて、裁判で有罪判決を受けた。
本人は無罪を主張していたけど、それはガン無視。

この判決に、フランス社会が2つに分かれる。
「この背後にはユダヤ人差別がある。この判決は不当だ」と言う人たちと、「判決は正しい」と言う人たちが激しく対立した。
このとき、キリスト教の関係者はこの判決を支持していた。

 

でも、実際にはドレフュスはそんなことをしていない。
1906年にドレフュスの無罪が確定する。

結果的にはえん罪。
「ユダヤ人だから」という人種差別的な理由で、ドレフュスは罪人にされてしまったことになる。
ドレフュス事件は、この時代のフランス社会にあったユダヤ人差別(反ユダヤ主義)を象徴する事件になった。

 

 

「おせちもいいけどカレーもね」という言葉があるように、ドレフュス事件も大事だけど、この事件を受けてフランスで成立した「政教分離法」という法律もとても重要だ。

政教分離法

カトリック教会の政治介入を排除した法律。ドレフュス事件の経験から、教会を最大の脅威と認識した急進社会党の強い要求で成立した。

「世界史用語集 (山川出版)」

この政教分離法ができたのは、日露戦争があった1905年のこと。

ドレフュスの無罪が確定する前年で、このときには、多くの人が「ドレフュスはユダヤ人差別による犠牲者だ」と認識していた。
それで、政治と宗教(キリスト教)を切り離す政教分離法ができる。

 

 

政教分離の伝統は、今もフランス社会に根強く残っている。

「フランスは、ヨーロッパで政教分離が一番厳しい国だからね」と言ったフランス人に、「フランスの学校って、イスラーム教徒の子どもがスカーフを巻いて学校に登校しちゃいけないんだよね?」と聞いたら、彼は同じようなことを言っていた。

「そう!フランスの学校でそれは絶対にダメ!教育という公の場に宗教を持ち込んではいけないんだ。政教分離のルールが厳しく守られているから」

 

「イスラーム教徒の児童生徒は、髪の毛を隠すスカーフをしてはいけない」といっても、それはイスラーム教徒をねらい撃ちにした差別的な対応ではない。

キリスト教徒の子どもが十字架のアクセサリーを見せるのもダメ。
そのフランス人の友だちは、学校にいる間は十字架のネックレスをカバンの中にしまっておき、肛門、いや校門を出たら首に巻いていたという。

「ドレフュス事件から、今の政教分離の考え方がフランス社会に広がっていった」と彼は話す。

 

フランスの世俗主義や政教分離についてくわしく知りたい人は、ウィキペディアを見てください。

元々はフランス革命以来、主に学校・教育に関するローマカトリック勢力と、共和民主主義・反教権主義勢力との対立・駆け引きを通じて醸成されてきた原則・政策だが、中東からの移民増加とその文化的軋轢が表面化した1990年代以降は、イスラームとの関係で論じられることが多い。

ライシテ

フランスのパリにもディズニーランド(Disneyland Paris )がある。
東京ディズニーランドが大成功したことで、「ヨーロッパにもつくっちゃえ!」とパリにもつくったけど、こっちはあまりうまくいってない。

 

おまけ

歴史作家の塩野七生氏は、日本で政教分離が進んだのは織田信長のおかげだと指摘している。

この四百年の政教分離の伝統を維持してきた国は、巧みにわが道を進んだ英国をのぞいて、他に一国もない。欧米諸国が現在にいたるまで、この問題で悩み苦しまされてきた実情を知れば、われわれのもつ幸運の大きさに、日本人がまず驚くであろう。

「男の肖像 (塩野七生)」

「信長が政教分離をしてくれた」という日本史の幸運を知る人は、どれだけいるんだろう?

 

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。