イランと中国の違いと共通点。英語とクリスマスは”文化侵略”。

 

 

 

これから、日本の英語教育は大きく変わる。

マジで変わる。
激変しますぜ。

2020年から、小学5・6年生で英語が正式な教科になる。

その前段階として今年の4月から、小学3・4年生で月2回ほどの「外国語活動」が始まることになった。
英語の歌を歌ったりゲームをしたりして英語に慣れ親しむ、というもの。
5・6年生でも英語の授業が増えて、読み書きなどを習う。

くわしいことは、読売新聞の社説(2018年01月31日)を見てください。

小学校の英語 授業の質と時間を確保したい

 

でも、日本人が英語を話せるようになるより先に、スマホの翻訳機能が充実して、日本人が英語を話す必要がなくなるかも。

 

 

でも、そんな日本とは逆を行く国がある。

それはイラン。
そんな話はいらんとか言わずに、話を聞いてほしい。

 

でもその前に、「イランってどんな国だっけ?」と思った人はこれをどうぞ。

 

面積:1,648,195平方キロメートル(日本の約4.4倍)

人口:8,000万人(2016年)

首都:テヘラン

民族:ペルシャ人(他にアゼリ系トルコ人,クルド人,アラブ人等)

言語:ペルシャ語,トルコ語,クルド語等

宗教:イスラム教(主にシーア派),他にキリスト教,ユダヤ教,ゾロアスター教等

この数字は外務省ホームページのイラン・イスラム共和国(Islamic Republic of Iran) 基礎データから。

「ゾロアスター教」という宗教は、日本でも意外なところで関係している。

日本にもあるゾロアスター教。自動車メーカーのマツダの謎。

 

日本とは反対に、イランでは小学校で英語を教えることが禁止されたという。

その理由が産経新聞の記事(2018.1.9)に書いてある。

イスラム教シーア派最高指導者ハメネイ師は、早くから英語を教えることは「西側の文化の浸透」につながると主張してきたという。昨年末から約1週間、全土で反政府デモが行われたのを受け、米国を念頭に警戒心を示した形だ。

小学校での英語教育禁止 イラン、西側文化に警戒感

小学生が英語を学ぶことを「西側の文化の浸透につながる」とイラン政府は考えている。
「英語脳になっては困る」ということか。

西側の価値観がイラン社会に広がって、反政府運動が起こりやすくなることを警戒したのだろう。

 

でも21世紀の地球で、小学生の英語教育を禁止する国はイランの他にあるのだろうか?

アメリカの天敵・北朝鮮でも、小学生から英語を学んでいるのに。
「NNA ASIA」の記事(2008/09/11)から。

北朝鮮全域の小学校でパソコンと英語の授業が、3年生から正規科目として取り入れられことになった。

【北朝鮮フォーカス】小学校でPC・英語教育

 

政治的にはイランと正反対の価値観を持っているのに、同じような考え方をしている国がある。

それは中国。

去年、「中国でクリスマスが禁止された!」ということが話題になった。

といっても、これはすべての中国人を対象にしたものではない。
中国共産党の党員や公務員などに対して、クリスマス行事には参加させない動きが広がっているという。

その理由は、クリスマスを祝うことを中国政府が「西洋による文化侵略」であると考えたから。

共産主義の中国共産党は、宗教を嫌っている。
だから、共産党員が宗教を信じることを認めていない。

そんな中国の目には、クリスマスを祝うことが西側・キリスト教社会の価値観を代表するものに映った。

くわしいことはこの記事を見てください。

中国の”クリスマス禁止令”。中国共産党が宗教を嫌う理由とは?

 

 

イランはイスラーム教を国教としていて、イスラーム法(シャリーア)を国法としている。
最高法規(日本でいう憲法)がイスラーム法なのだから、「イスラーム教という宗教が国を支配している」という言い方もできる。

でも、中国はこの点では正反対。
共産主義の中国で、宗教法が国の法になることは絶対にあり得ない。

 

だけど、イランは英語を学ぶことを、中国はクリスマスを祝うことを「西側文化の侵略」と考えた。
そして「これが社会に悪い影響を与える」と警戒して、禁止じたことでも同じ。
*イランでは中学校から英語を学ぶ。全面禁止ではない。

そう考えると、日本って自由。
スーパーフリーだ。
宗教国家ではないし、共産主義の国でもない。
英語教育もクリスマスを祝うことも、やりたいようにできる。

日本に生まれてよかった。

 

 

おまけ

今からは想像できないけれど、1970年代のイランはアメリカと超仲良しだった。

アメリカから最新鋭の戦闘機や旅客機がイランに入ってきたし、アメリカはイランを事実上の最恵国とした。
でも、1979年のイラン革命からガラリと変わる。

イラン革命

近代化による社会不安と経済格差に対する不満から、1978年末より反王政の運動が高まり、79年に入り、国王パフレヴィ―2世が亡命しホメイニが臨時革命政府の樹立を宣言した。

「世界史用語集 (山川出版)」

この革命政権は反ソ・反米をとなえていた。

アメリカがパフレヴィ―2世の亡命を受け入れたことに、イランの人たちが激怒してイランアメリカ大使館人質事件が起こった。

学生たちは間もなく大使館を占拠し、アメリカ人外交官や海兵隊員とその家族の計52人を人質に、元皇帝のイラン政府への身柄引き渡しを要求した。

「ウィキペディア」

この後、イランとアメリカの関係は最低最悪になる。
今でも、この影響を引きずっている。
小学校で英語を禁止したことも、きっとこの事件とつながりがっている。

 

テヘランのアメリカ大使館の塀を乗り越える学生たち(ウィキペディアから)

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。