誤っても謝らない人は自滅する。SNSでの失敗2つの事例から。

 

「失敗したっていいじゃないか。にんげんだもの」
「つまづいたっていいじゃないか。にんげんだもの」

”いのちの詩人”とも呼ばれる相田みつをさんは、こんな言葉を残している。

人間だれだって、失敗したりつまづいたりする。
そりゃー仕方ない。

 

失敗してもいい。
でも、失敗を認めないのはいけない。
誤ったことを認めず謝らないと、自分で自分を滅ぼすことになる。

だれだってプライドはあるし、他人に頭を下げたくもない。
そう思って謝罪するタイミングを失ってしまい、自分を追いつめた事例がここ1か月間で2つもあった。

どちらも、一般人のSNSでの失敗だ。

SNSを使っている人には、いい反面教師になる。
ということで今回は、この2つの事例から学んでいきましょう。
将来、SNSで取り返しのつかない失敗をしないように。

 

 

まずは、高須クリニックで有名な高須氏を怒らせた人。

ここではXとしておく。

前から高須氏が嫌いだったXは、ある日こうツイートする。

西原理恵子自身が、高須の慰安婦という存在な訳ですから・・・

西原理恵子氏は高須氏のパートナー。
そのパートナーを「慰安婦」と呼んだ。

これは西原氏への人格攻撃で、明らかに名誉毀損。
高須氏はすぐ反応する。

おい❗こら
すぐに謝罪しろ。だだではすまさない。

今からふり返れば、このツイートが運命の分かれ道だった。

あなたがこの言葉を受け取ったら、どうしますか?
謝るか?
謝罪を拒否するか?

Xは謝罪を拒否した上で、こうツイートした。

おっ、やるのか?

「謝ったら死ぬ病」にかかってしまった人は、謝るタイミングが分からない。
自分の間違いを認めない。

 

Xは謝罪ではなく、挑発をした。
この返事を見た高須氏は動く。

謝罪がないので名誉棄損で訴訟することにしました。いま連絡した担当弁護士さんの話では本人特定のためにTwitter社さんの協力が必要だそうです。ご迷惑をおかけします。

Xは、やっと自分のやったことを理解し始める。

「自分は無名の個人だから、有名人が本当に提訴することはない」と思ったのだろう。
でも、これは完全な判断ミス。
「謝りたくない」という気持ちから、そんな判断をしたと思う。

この後、Xのツイートの言葉が急変する。

高須克弥さん初めましてこんばんは。
(中略)高須克弥先生にとって、西原理恵子さんは、お互いが心をなぐさめあい、労をねぎらいあう対象(慰安)の女性のお友達(婦人)ではいらっしゃらないのですか?

「お互いが心をなぐさめあい、労をねぎらいあう対象の女性のお友達」と慰安婦はまったく違う。

この後、苦しい言い訳を延々と続ける。
いろいろな理屈を述べるけれど、謝罪はしない。

そんなときに、高須氏からこんなツイートがくる。

最後のチャンスをあげます。
誠意ある謝罪文を今から24時間以内にTwitterで公開しなさい

M氏、ここでようやく謝罪を始める。

私自身自分の心の置き所が無くなってしまう大変な事をやってしまったと後に気付かされました。
非常に軽率な事をしてしまったなと猛省の毎日と自分自身への怒りの日々です。

この騒動でMは、言葉が持つ影響力の大きさを改めて思い知ったという。

高須氏に、今の自分の状態をこう訴える。

PCを立ち上げるのさえ怖くて触れず、仕事場へ向かう時にも、体はどうにか動いてはいる物の、心が完全に死んだ状態で、見る物全てが別世界のような日々を送らせて頂いています。

そして最後に頭を下げる。

どうかお許しください。

高須氏はこの謝罪を受け入れ、裁判もなくなった。

Xは「心が完全に死んだ状態」になる前に、自分の誤りを認めて謝っておくべきだった。

 

 

こんな騒動があってから、1月もしないうちに、また同じような人間が現れた。

その人物をYとする。
Yは自民党の杉田議員にこんなメッセージを送る。

杉田水脈さん。明日にでも国会議員をやめて頂けないでしょうか?(中略) 今のままヘイト議員を続けていくと、何れ報復措置として貴方の娘さんに被害が被るかも知れませんよ。

「あなたの娘さんがどうなっても知りませんよ」なんてのは、マンガやドラマで出てくる脅し文句だ。
子どもに危害が及ぶようなことを言ったら、即アウト。

杉田議員は警察に通報。
警察はこれを受理。

産経新聞の記事(2018.2.7)から。

警視庁赤坂署が脅迫などの容疑を視野に捜査を始めたことが6日、関係者への取材で分かった。

杉田水脈衆院議員にツイッターで脅迫文 警視庁が捜査 

ここからYの態度がガラリと変わる。

「そんな事は一言も言っていない」とか「自分は脅迫などしていない」といった言い訳を始めた。
Xとまったく同じ展開だ。
同じ精神構造をしているのだろう。

それで結局、Xと同じように、最後は自分の間違いを認めて杉田議員に謝罪をしている。

 

でも、この出来事はこの後どうなるかまだ分からない。
杉田議員は被害届をまだ取り下げていないだろう。

Yが捕まったら実名が公表されて、その記録は本人が死んでもネットの世界に記憶されることになる。

 

 

XもYも自業自得による自滅だから、同情はできない。

でもせっかくだから、他山の石として、「誤っても謝らないと、自分を終わらせる」ということは覚えておこう。
謝罪は言葉より、タイミングの方が大切だ。

他山(たざん)の石(いし)

よその山から出た、つまらない石。転じて、自分の修養の助けとなる他人の誤った言行。

デジタル大辞泉の解説

*この言葉は、「他人のすばらしい行いは、自分の良いの手本となる」という意味ではないですよ。念のため。

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。