中国と台湾の関係を、わっかりやすく説明しますよ。

 

中国と台湾の関係は複雑でむずかしい。
前回、そんな関係から起きたいろいろな問題(台湾問題)について書いた。

平昌五輪では、韓国のテレビ局が台北を「首都」と紹介したことで中国人が怒った。
日本では、安倍首相が台湾にあてたメッセージの中に「総統」という言葉があったことで、中国から一言いわれ、「総統」を削除した。

これらの問題の背景には、中国のこんなゆずれない認識がある。

「台湾は中国の領土であって、絶対に国ではない」

 

世界のあちこちで起きている台湾問題は、中国人の「ひとつの中国」という考え方から生まれると思っていい。

習近平国家主席も全人代(全国人民代表大会=国会)で、そのことを強調していた。
毎日新聞の記事(2018年3月20日)から。

台湾問題については「一切の分裂につながる企ては失敗し、歴史の懲罰を受ける」と述べ、「偉大な祖国のわずかな国土であっても引き裂かれることを容認しない」と強調。

全人代閉会 習氏「憲法を忠実に実行」 「党高政低」印象づけ

 

でも、台湾をはじめ世界には、「台湾は中国の一部ではなくて、別の国」ととらえている人がいる。

前回も書いたけど、国際社会は一般的に、「台湾は中国の一部(ひとつの中国)」という中国政府の主張を認めている。
日本政府もそう。

今回はこんな複雑な中国と台湾の関係を、歴史をふり返りながら、できるだけわかりやすく説明しようと思う。

 

「マクドナルド」を中国では漢字でこう書く。
でも台湾では「賣當勞」と書く。

 

1911年の辛亥(しんがい)革命から話をはじめる。

辛亥革命とは、中国最後の王朝・清を倒して中華民国を建てた革命のこと。
高校の世界史ではこう習う。

辛亥革命

孫文を臨時大総統とする中華民国の建国が宣言され、2月、袁世凱の活動により清朝皇帝が退位した

「世界史用語集 (山川出版)」

 

この中華民国の時代、孫文をトップとしてその下に蒋介石や毛沢東がいた。

孫文がつくった「黄埔(こうほ)軍官学校」では蒋介石(しょうかいせき)が校長、毛沢東は面接の試験官をしていた。
ちなみに、この学校の政治部主任をしていたのが周恩来。

このとき彼らはひとつだった。

 

でもこの後、中国国民党の蒋介石と中国共産党の毛沢東とのあいだで内戦が始まる。
中国に攻めてきた日本軍と戦うために、一時休戦したけど、日本がいなくなるとまた内戦がおこなわれた。

内戦(国共内戦)

日本降伏後に再開された国民党と共産党の戦争。
1946年7月から本格化した。国民党はアメリカの支援を受けたが、腐敗や経済混乱で大衆の支持を失った。一方、共産党は農村での土地改革で支持を広げた。

「世界史用語集 (山川出版)」

 

この内戦は、毛沢東(共産党)が勝利する。
大陸に居場所がなくなった蒋介石と国民党(=中華民国)は台湾へ移った。

国家の存亡をかけて残存する中華民国軍の兵力や国家・個人の財産などを続々と台湾に運び出し、最終的には12月に中央政府機構も台湾に移転して台北市を臨時首都とした。

台湾問題

 

蒋介石率いる国民党は台湾を支配して、ここに中華民国政府が成立する。

中華民国政府

1949
内戦に敗れて12月に台湾に逃れた蒋介石政権。
当初国連の代表権を持っていたが、1971年に中華人民共和国に移った。88年に成立した李登輝国民党政権の下で民主化が進められた。

「世界史用語集 (山川出版)」

いまの日本で呼ばれる「台湾」とは、この中華民国政府のこと。

 

台湾のお札には「中華民国暦(民国紀元)」が使われている。

辛亥革命がはじまった1911年が初年。
だから、中華民国暦89年とは西暦2000年のこと。

孫文の意思を引き継いだ中華民国(台湾)は1911年からはじまった、ということだろう。

 

上は国民党の蒋介石。

下は共産党の毛沢東。

 

中華民国政府ができた同じ年(1949年)10月に、毛沢東により中華人民共和国が建国された。

蒋介石たち国民党は自分たちこそが「本来の正しい中国」で、毛沢東(共産党)の中国は「間違った中国」と考えていた。
だから蒋介石たちはいつか中華人民共和国を倒して、中国を再び手に入れようとしていた。

同じことを毛沢東の中国も考えていた。
台湾を武力で制圧して、中国を完全にひとつにしようとしていた。
でも、1950年に朝鮮戦争がはじまったから、この計画は不可能になる。

でも、それは昔の話。
いまの台湾(中華民国政府)は武力統一なんて考えていない。
中国と台湾の力の差を考えたら、絶対にムリだから。

 

いまの世界では、国連も国際社会も日本政府も、「中国」と認めているのは大陸にある中華人民共和国のほう。
中華人民共和国が代表権のある中国で、台湾はその一部であるとみている。

これが台湾問題についての習近平国家主席の言葉につながる。

「一切の分裂につながる企ては失敗し、歴史の懲罰を受ける」
「偉大な祖国のわずかな国土であっても引き裂かれることを容認しない」

 

 

先ほど説明文のなかに、「台北市を臨時首都とした」と書いてあった。
このとき蒋介石率いる国民党は、台北を「一時的な首都」として、本当の首都は南京だと考えていた。

友人の台湾人は学校で、「われわれの首都は南京です」と教わったという。
でも彼にはその感覚がない。
彼のなかでは、南京はどちらかというと外国の都市で、「われわれの首都」とはどうしても思えなかった。

 

そんないまの台湾人は、中国と台湾の関係についてどう思っているのか?

ボクが話を聞いた限りでは、「現状維持」を望む人が一番多い。
台湾が中国と戦争をして統一することはあり得ない。
でも、台湾が中国にのみ込まれる(統一される)こともイヤ。

だから、「台湾が独立宣言をする必要はなく、中国と台湾の関係は今のままでいい」という意見をよく聞いた。

 

でも、台湾で会社を経営している台湾人は「もうすぐ台湾はなくなりますよ」と言う。

「いまの台湾では、中国の影響力がとても強いんです。中国の経済力はすごいですから。台湾の経済は中国なしではやっていけません。台湾はこれから、経済的に中国に支配されていくでしょうね。でもこればかりは、どうしてもようもありません」

武力を使わなくても、中国は内側から台湾(中華民国政府)を「中国化」して、「ひとつの中国」を完成することができるかもしれない。

 

 

おまけ

台湾の台北市に「国立故宮博物院」がある。
故宮は辛亥革命で倒した皇帝が住んでいたところで、故宮博物院では、そこにあった貴重なものが展示されている。

北京にも故宮博物院があるのだけど、台北の故宮博物院のほうが充実している。

その理由は、内戦に敗れた蒋介石と国民党が台湾に移動するときに、価値の高いものを台湾に運んでしまったから。
「国立故宮博物院」のホームページから。

12月初頭、中央博物院理事会は集まりで協議し、最も優れた逸品を選び、台湾へ移すことを決定。残りの文物は運輸条件が可能な限り、運搬を進めることとなりました。

伝承と開闢

 

おまけ②

故宮(紫禁城)の様子
北側にある景山公園から撮ったもの。

 

こちらもどうぞ。

日本・韓国・ヨーロッパで起きた台湾と中国の問題(台湾問題)

台湾 「目次」

中国 「目次」 ②

中国 「目次」 ③

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。