日本とタイの関係の歴史。アユタヤの日本人町と山田長政

 

はじめの一言

「二十世紀初頭の日本の成功がなければアジアの発展はさらに遅れていただろう。日本がアジアの勃興を呼び起こしたのだ(ネール 昭和)」

「‘日本離れ’できない韓国 黒田勝弘」

 

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今回の内容

・タイで活躍した日本人
・山田長政とナレースワン大王
・タイで活躍した日本人

 

・タイで活躍した日本人

徳川家康とアユタヤ(タイ)のソンタム王との間で、手紙での「ごあいさつ」があって、日本とタイの貿易がはじまったという。

その後、山田長政という日本人がアユタヤに渡っている。

山田長政 ?~1630

駿河の人。1612年頃、タイのアユタヤ朝に渡り、アユタヤ日本町の長。のちにリゴール(六昆)太守となるが、政争で毒殺された。

(日本史用語集 山川出版)

リゴールというのはタイにある地名で、山田長政はそこの長官に任命されている。

ちなみに、友人のタイ人に「ヤマダ ナガマサ」といっても通じなかった。

でも、山田長政のタイでの呼び名「オークヤー・セーナーピムック」というと「ああっ!その人ですか!学校で習いました」とすぐわかった。

まあこの友人にいわせると、タイで一番有名な日本人は「ドラえもん」らしいけど。

 

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中国で知らない人はいないという、ドラえもん
中国で守る人はいないという、著作権

 

この時代、多くのサムライがタイに渡っていた。
その理由の一つとしては、日本はもうあまりサムライを必要する時代ではなくなったことがある。
1600年、関ケ原の戦いで家康が勝利したことによって、江戸時代がはじまった。

 

この後に豊臣氏を滅ぼすことになる大阪の役があったけど、時代の大きな流れとしては、「戦いの時代から平和の時代」へと変わっている。
平和な時代に、サムライはいらない。
日本はそんな時代の転換期だったので、もうサムライが活躍するような戦いの機会が少なくなっていた。

でも、東南アジアならその機会がある。
当時のタイはビルマやカンボジアなどと争いをしていて、強い人間を必要としていた。

当時ビルマ(現・ミャンマー)・タウングー王朝からの軍事的圧力に悩まされていたアユタヤは、このような実戦経験豊富な日本人兵を傭兵として雇い入れることでこれを阻止しようとしたねらいがあり

(ウィキペディア)

ということで、「まだまだ自分は戦いたい!」と思っていた戦国のサムライたちが、東南アジアにわたって戦っていたという。
山田長政は、駕籠持ち(かご)をかつぐ仕事をしていたけれど、アユタヤに行ってからはサムライとして活躍する。

 

さっきも書いたけど、この山田長政はアユタヤにあった日本町の長官になっていた。タイ王国大使館のHPでは、この日本町を日本とタイの関係の始まりとしている。

二国間の関係の歴史的起源は、1616年に設立され、最も繁栄していた時代にはおおよそ1500人の日本人が住んでいたアユタヤ王国の日本村の存在が立証しています。

そういや、この1616年って徳川家康が亡くなった年だ。
世界史をやっている人は、この年、中国最後の王朝となる清(後金)が建国されたことも覚えてといて。

 

この日本町はアユタヤのものが有名だけど、カンボジア、フィリピン、ベトナム、ビルマなど東南アジアの各地にもあった。

日本町

17世紀初期、東南アジア各地に形成された日本人居留地。自治制をとり、数百~数千人が居住。

(日本史用語集 山川出版)

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アユタヤ朝の時代は、きっとこんな感じ。

 

・山田長政とナレースワン大王

ちょっと話が横にそれる。
タイには昔から王様がいた。

歴代の王の中で、とくに偉大な王として「三大王」と呼ばれている3人の王がいる。その中の1人が、アユタヤ朝のナレースワンという王。
前回にもちょいと書いた王様。

この王は、タイの国技である格闘技「ムエタイ」を始めた王としても有名。

ナレースワンはタイ独立へ向けて、タイ兵士を独特の武道で鍛えた。タイの国技とも言われるムエタイはこのときの武道がその原型となったと言われる。

(ウィキペディア)

この王をえがいたタイの映画「キング・ナレスワン」を見ていたときに、この山田長政がナレースワンの家来として出てきていた。

「あれ、山田長政じゃん!」

って一瞬喜んだけど、どうもおかしい。
というのは、山田長政がタイにわたったのは1614年(ウィキペディア)で、ナレースワンはその10年ぐらい前に亡くなっている。

山田長政がナレースワン大王の家来になっているというのは、話としてはおもしろいけれど、実際にはありえない。
これは、タイ人気質の「マイペンライ(まあ、気にするな)」ということですか?

 

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現在のタイで活躍しているサムライ
マクドナルドの「サムライ・バーガー」
テリヤキバーガーのことだよ

 

アユタヤのソンタム王は、この山田長政を気に入っていたという。

スペイン艦隊の二度に渡るアユタヤ侵攻をいずれも斥けた功績で、アユタヤー王朝の国王ソンタムの信任を得て、シャムの王女と結婚。

(ウィキペディア)

駕籠(かご)持ちだった人間が王女と結婚したなんて、とんでもない逆玉じゃないか!

でも、このあと日本は鎖国政策をとってしまったため、タイとのおつきあ合いもなくなってしまう。

 

この日本の鎖国政策はとても厳しいもの。
日本人が外国に行くことを禁止しただけではなくて、海外にいる日本人が日本に帰ってくることも禁止した。
日本に帰国したら殺されたという。
こんな厳しい命令は、他の国で聞いたことがない。

 

次に日本とタイとのおつき合いが始まるのは、1887年。
次回は、現代につながる日本とタイの関係についてかきます。

 

おまけ

山田長政は、静岡県出身の人らしい。

それを記念して、静岡市では毎年「長政まつり」が開かれいる。

山田長政は、駿府の馬場町で生まれました。

その生家跡には、現在長政像(左写真)が建っています。

長政まつり

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山田長政の像
長政まつり」から。

 

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。