【自虐教育】日本の学生と韓国人が”日本嫌い”になるワケ。

 

レコードチャイナの記事(2018年5月3日)を読んで驚いた。
今でもこんなことをやっているんだ。

「日本は加害者だった?」「あまりにも恥ずかしい」元徴用工の手記を読んだ日本の大学生たちが感じたこと

 

タイトルから、記事の中身は想像できると思う。
大学生が戦時中の日本の”残酷性”や”加害性”を知って、ショックを受けたという。

そんなことがあったのは愛知教育大学。
未来の先生を育てるところ。

ことの始まりは、この大学の教授が学生に、朝鮮人徴用工の手記「死地を越え帰郷まで」を読むように伝えたこと。
それを読んだ学生たちは、「日本は朝鮮人を人間扱いをしていなかった」「信じられない」と驚く。

学生が教授に提出したレポートにはこう書いてあった。

1日15時間もの重労働、不十分な食事、劣悪な労働環境、暴力などの加害事実があったという点は信じがたい。複雑な心境

日本は当時朝鮮人を人間扱いせず、してはならないことを強要したようだ

今まで習ってきた歴史教育において日本は被害者だった。自国が犯したことを隠し後世に伝えないのは理解できない

この本を読んで「それまでの教育で日本は被害国だと教わったけど、実は加害国だということが分かった」

 

これに対して、課題を出した教授はこう言う。

「学生自身が感じたことを記録した。教科書で取り上げられなかったからか、『日本が加害国であったという事実を初めて知った』という意見が多かった」

 

これを韓国メディア「ニューシス」が取り上げた。

「日本は加害国だった」「日本は歴史の真実を隠している」という意見は、韓国人の価値観にピッタリ。
まるで韓国の学生が提出したレポートのよう。

このニュースを知った韓国の人たちはどう思ったか?

反日感情が刺激され、日本に対する不信感を強めた。

「日本は国民を歴史的にだましてきて、国際的に孤立している」「ドイツの半分でも見習ってみたら?」「日本の右傾化も問題だけど、日本人も韓国人のように不義に抵抗する文化がない」など「日本」という国への批判が強いようだ。

教授の課題は、日本人と韓国人を”日本嫌い”にさせたようだ。

 

 

日本では昔、こんな教育がよくおこなわれていた。

教師が日本の残酷性や加害性を強調して、一方的に子どもたちに教えこむ。
一方でその考え方は「自虐史観」と呼ばれ、批判を受けていた。

自虐史観(じぎゃくしかん)とは、太平洋戦争(大東亜戦争)後の日本の社会や歴史学界、教育界における特定の歴史観を批判・否定的に評価する言葉である。日本の歴史の負の部分をことさらに強調する一方で、正の部分を過小評価し日本を貶める歴史観のことを指す。

自虐史観

*「自虐史観」といっても、そう批判された側は「自虐」とは考えていない。
興味があったら、双方の意見を確認してほしい。

 

ボクが中学生だったときにも、自虐史観による歴史教育があった。
でもこれは、学校全体がそうであったわけではなくて、教師によってちがう。
教師個人の考え方が強く出ていたから、自虐史観がまったくない先生もいた。

ボクの場合は、教師が自作の資料をつくってそれを生徒に読ませていた。

「日本は朝鮮人女性を誘拐して慰安婦にした」とか「朝鮮の男性を奴隷のように働かせていてた。ときには残酷に殺した」ということを教えられて、衝撃を受けたのを覚えている。

この教師は、子どもたちに反対意見を一切伝えない。
違う意見も同時にしめして、生徒に「自分の頭で考える」ということをさせなかった。
それでボクは先ほどの学生のように、「日本は実は加害国だということが分かった」という感想を自動的に持った。

ちなみに、「女性を誘拐した」「朝鮮人を奴隷にように働かせた」ということには根拠がない。
今の時代にこれを主張したら、歴史のわい曲でしかない。

 

以前、このブログを読んでくれた人からこんなコメントをもらった。
ボクのひと昔前に教育を受けた人だと思う。

結局、日本軍の戦争犯罪について自分たちで調べなかった結果、やってもいない事で批判される羽目になる。百人斬りを教科書で習った日々が思い出されます。

 

この「百人斬り」というのは、今でいうフェイクニュースだ。
中国との戦争のとき、2人の日本兵が「どっちが先に中国人を100人斬ることができるか?」という競争がおこなわれた。

でもこれは、事実ではなくて創作。
悲しいことに、これを歴史として、教師が子どもたちに教えていた時代があった。

百人斬り競争についてはこの記事をご覧ください。

毎日新聞は、WaiWaiより「百人斬り競争」の誤りは訂正はしたの?

 

 

日本の歴史の負の部分を強調したものを子どもたちに伝えて、それとは違う見方は提示しない。

それで学生に罪悪感や加害意識を持たせたりする。
こんな一方的な自虐教育が、今でもおこなわれていた。

この教育を受けた人間から言わせてもらうと、後になってから、その内容が間違いだと知った時の「だまされてた感」は相当なもの。
一度それを経験すると、”日本残酷伝”を素直に信じられなくなってしまう。

教師が歴史の事実より、自分の願望を優先するといつかこうなる。
結果的に、教師のねらいとは逆に行ってしまう。

 

その反動でボクは一時期、「日本の加害性や残酷性は誇張されたフィクションだ」「日本は、自国がした良いことを隠し後世に伝えない」ということを思っていた。
これもまた、自分の願望を優先した極端な考え方だ。

今はかなりまともになった(と思う)。
「日本が残酷なことをしたかどうかは、たしかな根拠があるかどうか?」を基準にしている。
それと、反対意見にも目を通す。

意見が分かれる問題で、ひとつの見方だけを取り上げるのは不公平。
ということで、別の記事で日本人の声を紹介しようと思う。
朝鮮人徴用工と働いていた日本人の意見を聞けば、学生の感想はかなり変わると思う。

 

こんな自虐教育は、いまでも日本でおこなわれているのだろう。

こうした教育を受けた学生が、前回の女子大生のように「こうすれば気が済むの?」と韓国の学生に土下座をしないことを願うばかり。
そのことはこの記事をどうぞ。

韓国人と日本人が慰安婦問題の議論をしたら?最低最悪の結果に。

 

それにしても不思議だ。
愛知教育大学の授業であったことが、なんで韓国メディアに取り上げられたのか?
学生の感想が、どうやって韓国メディアに伝わったのか?

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。