3分で分かる中国の歴史!君主制が共和制になったとき(辛亥革命)

 

はじめの一言

「日本で最初の、小さな岩ばかりの島が見える地点に到達した。私は心躍る思いでこの島に挨拶した。これまで方々の国でいろいろな旅行者に出会ったが、彼らはみな感激した面持ちで日本について語ってくれた。私はかねてから、この国を訪れたいという思いに身を焦がしていたのである
(シュリーマン 江戸時代)」「日本賛辞の至言33撰 ごま書房」

 

今回の内容

・「変らないためには、変り続けないといけない」
・「不易と流行」
・中国史の「不易と流行」
・「君主制」と「共和制」について

 

・「変らないためには、変り続けないといけない」

「変らないためには、変り続けないといけない」

なんてカッコいいことをいってみた。
でも、海外旅行に行っているだけでもそのことを感じるよ。

たとえば、ここ20年で海外で見かける日本の電機メーカーの広告が目に見えて減っている。
前は海外の空港に着いたら、ソニーやパナソニックの広告がど~んとあって「日本の企業が世界のトップで活躍してる!」って誇らしく思ったものだ。

けど、最近の空港にはそうした日本ブランドの広告が減っている。
代わりに、サムソンやLGといった韓国ブランドのでっかい広告ばかりだ。

「日本の電機メーカーの存在感が下がって、韓国メーカーに抜かれる」

こんなことは20年前に想像したこともなかったよ。
日本の電機メーカーはこれからも世界のトップであり続けると思っていた。
なのに、今ではシャープでさえ外国企業のものになってしまった。

 

この凋落(ちょうらく)はなんだろう?
なんでこうした変化が起きたのか?

簡単にいったら、日本の電機メーカーが時代の変化に合わせてうまく変わらなかったからだろう。
どんな時代になっても世界のトップにい続けるのなら、会社も変り続けないといけない。その時代の人々のニーズを的確につかんで、それに合わせた製品づくりをしないと没落してしまう。
ま、言葉でいうだけなら、本当に簡単だけどね。

 

ということで、これが海外旅行で感じた「変らないためには、変り続けないといけない」の一つの例。

 

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でも、海外で日本食をみる機会は増えた。

 

・「不易と流行」

「変わるものと変らないもの」をさす言葉として、「不易と流行」という言葉がよくつかわれる。

不易流行(ふえき-りゅうこう)

いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこと。また、新味を求めて変化を重ねていく流行性こそが不易の本質であること。

(goo辞書)

前に中国の歴史と日本の歴史について記事を書いた。
このときに、「日本と中国の歴史にも、この不易と流行があるんだなあ」とつくづくを感じたわけさ。

というこで、今回は中国の歴史での「不易と流行」というものについて書いていきたい。次回、日本の歴史での「不易と流行」について書きます。

 

あと、最初に言っておくけど「3分でわかる」っていうのは、中国の政治体制のことだからね!

君主制と共和制のこと。
君主制っていうのは、簡単にいったら「王や皇帝が政治をおこなう政治体制」のこと。

共和制というのは君主制の反対。
簡単にいったら、王や皇帝がいない政治体制のこと。
じゃ、誰が政治をするのか?
王ではなくて、民衆の中から代表者がでて政治をおこなうことになる。

だから「3分でわかる中国の歴史」っていうのは、中国史での君主制と共和制について。「釣りじゃねーか」って思わないでね!

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王宮(北京)

 

・中国史の「不易と流行」

・不易

中国の歴史での「不易(かわらないもの)」というのは、皇帝が治めるという政治体制のこと。
これが「君主制」ってヤツだったね?

中国がいくつもの国に分かれていた時代、中国の歴史で初めて中国を統一したのが秦の王様だった「政(せい)」という人物。
政は考えた。

「王という言葉は、一つの国のトップをあらわすもの。全中国を統一した自分には、王より『もっと上』の呼び方が必要だ。」

ということで「皇帝」という言葉を採用する。

皇帝

「秦王政が統一王朝後採用した称号。こののち王号よりも上級の称号として、歴代統一王朝の君主がもちいるようになった。

(世界史用語集 山川出版)」

ということで、皇帝は王より上の存在。

中学のクラスでいったら、王は班長で皇帝は学級委員長みたいなもの。

とにかく、ここに中国史上初めての皇帝となる「秦の始皇帝」が誕生したわけだよ。

 

西安にある兵馬俑(秦の始皇帝のお墓)

 

秦の始皇帝のときから「皇帝が支配する」という政治体制が続く。
いつまでか?
1911年の辛亥(しんがい)革命までだったね。

「辛亥革命」

・1911~1912 清朝を倒し、中華民国を樹立した革命

・12年1月、孫文を臨時大総統とする中華民国の建国が宣言され、2月、袁世凱の活動により清朝皇帝が退位した
(世界史用語集 山川出版)

この辛亥革命が起こるまで、中国では約2000年間ずっと「皇帝が支配する」という政治体制(君主制)が続いていた。
これが、中国史での「不易」というもの。

 

辛亥革命で中国の皇帝をなくした孫文

これは台湾のお札。
中国では、毛沢東は人気があるけど蒋介石は人気がない。
台湾では、蒋介石は人気があるけど毛沢東は人気がない。
中国でも台湾でも人気があるというめずらしい人物が孫文。

 

・流行

おつぎは、中国の歴史での「流行(かわるもの)」について。
これは、「王朝の交替」のこと。

中国の王朝を覚えることって、大変じゃなかった?
中国は「秦漢隋唐宋元明清」というように、王朝が次から次へと替わっている。「シン」といっても、秦、新、晋、清といろいろな「シン」がある。

中国史では、まったく別の人間が皇帝を倒して自分が皇帝になる。
そして新しい王朝を始めている。

これが、易姓革命(えきせいかくめい)。

易姓革命

孟子がとなえた王朝交代の理論。 天命を受けた天子が悪政をおこなえば、天は天命を革(あらた)め(革命)、別の有徳者を天子とし、姓(王朝の名)を易(かえ)るとする。

(世界史用語集 山川出版)

中国の歴史ってこの易姓革命のくり返し。

「秦漢隋唐宋元明清」みたいに、新しい王朝が次々と生まれていた。
この王朝がコロコロと替わることが「流行」になる。

 

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コカ・コーラの漢字

 

・「君主制」と「共和制」について

さて、始めに書いた「君主制」と「共和制」について。

中国の歴史でいつまでが君主制で、いつから共和制になったか分かった?
辛亥革命の前までは、皇帝がいたから君主制。
辛亥革命の後は、皇帝がいなくなっいるから共和制だね。
ここでいう君主制と共和制って、かなり大ざっぱな意味だけどね。
でも、イメージとしてはこんな感じ。

 

どうだろう?
3分で「中国の歴史のイメージ」がわかってもらえたかな?
そう願ってるよ・・・。

では、次回に日本史での「不易と流行」について書きます。

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。