日本・タイ・ミャンマーの仏教文化:放生とタンブン

 

去年、タイ人を日本のお寺に連れて行った。

このお寺

 

 

寺には池があって、鯉にエサをやることができる。
これもそうだと思うのだけど、日本の寺には、ときどき「放生(ほうじょう)池」という池がある。

なんでこんな池があるのか?

それは、仏教には輪廻と因果応報という思想があるからさ。

「人は死んだら、別の何かになって生まれ変わる」という考え方が輪廻。
「良いことをしたら、良い結果がくる。悪いことをしたら、それなりのツライ思いをする」というのが因果応報。

生きている間に善いことをたくさんすると、より良い来世をむかえることができる。
魚や亀を池に放してやる放生も、仏教の教えにもとづいた善行のひとつ。
「生き物を救ってあげた」ということになって、仏教的にポイントが高い。

そんな放生をするための池が放生池。
その儀式を「放生会(ほうじょうえ)」という。

放生会(ほうじょうえ)とは、捕獲した魚や鳥獣を野に放し、殺生を戒める宗教儀式である。仏教の戒律である「殺生戒」を元とし、日本では神仏習合によって神道にも取り入れられた。

放生会

放生会の歴史は長い。
7世紀に放生会が行われた記録がある。

 

有名な放生池に、奈良の興福寺にある猿沢池(さるさわいけ)がある。
放生会を行なうため、8世紀につくられた。

 

放生された亀

 

6月3日に、京都で舞妓さんによる放生会が行われた。
NHKニュースウェブ(2018年6月3日)から。

「放生会」は殺生を戒める仏教の教えに基づいて、生き物の命に感謝する伝統行事で、京都では僧侶で作る団体が毎年この時期に行っています。

「舞妓さんがアユの稚魚放流 生き物に感謝 京都」

舞妓さんが祇園の白川に小さなアユを放流したらしい。
場所も人も行為も、本当に日本らしい伝統文化だ。

 

 

話をタイ人とお寺に行ったときに戻す。

この寺にあったのも、放生池だと思う。
魚を放流する代わりに、エサをやるのだろう。

生き物の命を助ける放生ほど”仏教ポイント”は高くないけど、エサやりも善行になる。

 

タイ人に、タイの仏教でも放生があるか聞いてみた。
ちょっと考えたあと、「タイではないですね」と言う。

でも、「生きているときに善行を積み重ねると、来世がより幸せになる」という考え方はタイ仏教にもあるという。
そりゃ、そうだろうな。
輪廻と因果応報がなくなったら、仏教じゃなくなる。

こんな「善行を積み重ね」をタイ語で「タンブン」と言う。

タンブンのタンは「する」、ブンは「善行・功徳」という意味。
タンブンとは、そのまま「功徳をする・善行を積み重ねる」ということになる。

タイの仏教徒は輪廻転生を深く信じている。徳は積めば積むほど高くなり、それは次の転生時まで持ち越すことができる。幸福は前世で積んだ徳が高かったことを示し、不幸は努力の至らなさを表している。

タイの仏教と宗教概説5徳を積む

お坊さんに食べ物をわたすことも、タンブンのひとつ
鯉にエサをやることも、立派なタンブンだ。

 

タイにも、タンブンのひとつとして、日本の放生に似た行為があるという。

魚や亀を放す代わりに、かごに入れられた鳥を解放してあげる。
タイ人はこれをよくやるという。
仏教の考え方にもとづいたタイの文化だ。
*「タイにはないですね」と言ったけれど、これも放生になる。

では、どんなときに鳥を解放するのか?

これはもう、そのときの気分らしい。
そのタイ人の子は悪いことが続いたときに、運気を良くしようと鳥の放生をやった。
それで実際に、運が良くなったという。
だからしばらくは、焼き鳥もフライドチキンも食べなかったという。

日本では、そんなことを聞いたことがない。
アユの稚魚を放流した舞妓さんも、その夜には、大人のアユを食べているかもしれない。

その子の友人は車で犬をひいてしまったときに、一度に数羽の鳥を解放してあげた。
犬の命をうばうと、仏教ポイントはだだ下がり。
それで少しでも、ポイントを回復しようと、鳥の放生を行ったらしい。

 

カンボジアやミャンマーでも、鳥の放生がある。
ミャンマー人からは、知り合いが刑務所に入れられたときに、放生をおこなったと聞いた。
「その人が早く刑務所から出られますように」と願いを込めて、鳥を空に解放したらしい。
それで刑期が短くなったのかは知らない。

タイでは、バンコクの王宮前の広場で鳥の放生ができる。
訪タイのさいは、日本と同じ仏教文化をぜひ体験してみましょう。
でも、そこで鳥かごを持っている人たちは、たぶんボったくってくるからそれには要注意。

*ネットで調べてみたら、タイにも魚を川に放す寺があった。
このタイ人が知らなかっただけらしい。

 

カンボジアでやった鳥の放生

寺の境内に、鳥かごをもった「放生屋」がいた。

 

「支払いはアメリカドルで」ということで、2羽で1ドル(当時は100円ほど)だったと思う。
この手渡しがけっこうむずかしい。
それに鳥の足がけっこう痛い。

 

 

タンブンにはいろいろ種類があるけれど、最高クラスのタンブンは「寺を建てること」。
この”善行ポイント”はすさまじい。

ミャンマーに世界三大仏教遺跡の「バガン」がある。
ここには数千もの寺や仏塔がある。
これも幸せな来世をむかえるために、11世紀ごろのミャンマー人がつくったものだ。

発想はタンブンと同じ。
放生とは規模は違うけど、「来世のために、生きているうちに善行をおこなう」という点では変わらない。
だから、バガンでお寺を建てることも舞妓さんがアユを放流することも、根本的にはつながっている。
舞妓さんのほうは、ただの伝統行事になっているかもしれないけど。

 

2 件のコメント

  • 『鳥を放すと運が向く』っていうのは知らなかったです。
    同じ仏教で似ている考えはあっても,日本はかなり違うカタチになってますね。

    個人的には,「生きた動物の取り扱いをラックチャームにするのはどうなの?」と思ってしまいました。
    「わざわざ助けるための鳥を繁殖する」業者がいるわけですし,放した後も環境に悪影響がないかとか。

    ただこう考えるのは,この一年『池の水全部抜く』を見た影響だと思うんですけど。

  • 現代的な視点ですね。笑。
    鳥を解放したときも、「これが善行になるなら、鳥をつかまえてかごに閉じ込める人はどうするんだろう?」と疑問を感じました。
    いろんな矛盾はありますけど、これは伝統的なものですから、続けていくのでしょうね。

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    今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。