海外から見た明治の日本①日清戦争・中国の半植民地化・朝鮮独立

 

始めの一言

「日本は今世紀最大の謎であり、最も不可解で矛盾に満ちた民族です
(シドモア 明治時代)」(シドモア日本紀行 講談社学術文庫)」

 

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今回の内容

・日清戦争
・中国分割と朝鮮の独立

 

・日清戦争

明治の日本は、ヨーロッパの各国からいろいろなことを学んで国を発展させた。

そんなこを前の記事で書いた。
学校の教科書で習う「富国強兵」のこと。

明治初年、自前の独立国として先進国の仲間入りをした日本は、欧米の先進国のいいところを、いいとこ取りで取り入れました。さきにのべたように、民法や刑法はフランス、海軍は英国、医学はドイツ、陸軍も、フランス式からドイツ式へといったふうで、そのあげく憲法もドイツを参考にしたのです

(「明治」という国家 司馬遼太郎)

今回は、富国強兵を成功させた明治日本の「その後」を書きたい。

 

 

・日清戦争

明治日本のはじめの試練しれんは、日清戦争だった。

日本と中国のつき合いは古くからあって何度か戦ったこともあるけど、1対1で直接戦ったのはこれが初めて。

古くは7世紀に、白村江(はくすえきのえ)の戦いで唐と戦った。
この白村江の戦いでは百済を助けるために日本が軍を送って、唐と新羅の連合軍と戦っている。
日本は負けたけどね。
このとき唐が使った戦法は、三国志の「赤壁の戦い」と同じものだったらしい。
また、16世紀の秀吉の朝鮮出兵では明と戦っている。
この朝鮮出兵では明が朝鮮を助けるために軍を送ったことで、明と朝鮮の連合国と日本軍が戦った。

 

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朝鮮出兵のときの朝鮮軍の旗。
亀甲船かな?

 

元寇もモンゴルと高麗の連合軍が相手だった。
刀伊の入寇は戦いとしては小さすぎる。

だから、日本と中国が1対1で直接ぶつかったのはこの日清戦争がはじめてだろう。

このときの清は、「眠れる獅子」と呼ばれていた。

眠(ねむ)れる獅子(しし)

大きな力をもちながら、それをまだ十分発揮しないままでいる人や国などのたとえ。

(デジタル大辞泉の解説)

 

清はアヘン戦争と第二次アヘン戦争で負けている。
とはいえ、清は大国で強大な力をもった国だという認識が世界にはあった。
それが日本に負けてしまう。

でも、これには自滅という面もある。
西太后が本来は北洋艦隊の増強にあてるためのお金を、自分の誕生日パーティーのためにつかってしまったから。

それに清の兵士は「清のために戦う」という気持ちも弱かった。

 

この庭(頤和園)をつくるために、西太后は国のお金を使ってしまったという。

 

日清戦争 1894~1895

・朝鮮の支配をめぐる日清両国の戦争

・日本軍は優秀な軍事力で勝利を収めた。

(世界史用語集 山川出版)

 

この戦いは、日本の勝利に終わる。
そのときの喜びを福沢諭吉はこう書いている。

日清戦争など官民一体の勝利、愉快とも有難いとも言いようがない。命あらばこそコンナことを見聞きするのだ、先に死んだ同志の朋友が不幸だ、アア見せてやりたいと、毎度私は泣きました

(福翁自伝 福沢諭吉)

 

当たり前のことだけど、「戦争に勝って喜ぶなんておかしい!」なんて現在の常識から100年以上も前のことを考えてはいけない。

現代には現代の感覚があって、この時代にはこの時代の感覚がある。
ちがう時代の価値観から、単純に「善悪」の判断をすることは意味がない。

 

また、このときの日本の勝利を、アメリカ人の歴史家はこう書いている。

日本からみれば、この戦争は完全な成功だった。西洋列強は喝采し、日本における彼らの『特権』を相次いで放棄した。そして、日本を対等の主権国家として承認した。日本は韓国に自由を贈り、韓国国王は中国皇帝、日本国天皇と肩を並べる皇帝の地位を得た。
(アメリカの鏡・日本 ヘレン・ミアーズ)

 

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清軍の兵士
記事の上の写真は、清軍の旗

 

余談だけど、日清戦争のときに面白いことがあった。
この「世界史用語集」にこんな記述がある。

「大本営(戦時の最高統帥機関)を広島におく」

これは、どういうことか?
このとき、明治天皇がこの広島の大本営にいた。
つまり、このとき日本の首都が一時的に東京から広島に移ったということ。
明治から平成までで、日本の首都が東京以外に移ったのはこのときだけ。

 

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現在の上海
すごい発展ぶり。
やっぱり、中国は獅子だったのかも。

 

・中国分割と朝鮮の独立

日本に負けたことで、中国は眠れる獅子というほどのものではないことがわかった。
その結果、中国分割がおこる。

中国分割

日清戦争後、「眠れる獅子」と呼ばれた中国の弱体化に乗じ、列強が中国に勢力範囲を設定。沿岸の要地・要港の租借、鉄道建設権などを獲得した。

(日本史用語集 山川出版)

 

日清戦争の結果としてこんなことがあった

「日本の勝利によって、朝鮮が独立する」

先ほど、こんな記述があった。

日本は韓国に自由を贈り

「韓国に自由を贈った」というのは、下関条約にその内容がある。
日清戦争の講和条約である下関条約で、「清は朝鮮の独立を認め(日本史用語集 山川出版)」とある。

これによって朝鮮は、中国(清)から独立することができた。

そのことを、このときに朝鮮を旅行していたイギリス人のイザベラ・バードは旅行記にこう書いている。

一八九五年一月八日、わたしは朝鮮の歴史に広く影響を及ぼしかねない、異例の式典を目撃した。朝鮮に独立というプレゼントを贈った日本は、清への従属関係を正式かつ公に破棄せよと朝鮮国王に迫っていた

(朝鮮紀行 イザベラバード 講談社学術文庫)

 

ということで、明治日本は最初に試練であった日清戦争をクリアすることができた。
次の試練は、日露戦争になる。

次回、これについて書きます。

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。