「ポーランドは親日国」の3つの理由②日露戦争での日本の勝利

 

ポーランドは伝統的な親日国。
日本にとっては、昔からの友人だ。

日本にいい印象を持っているポーランド人も多い。

外務省ホームページ「ポーランドという国」では、その理由を3つあげている。

 

このうち、「『命のビザ』発給」と「ポーランド人シベリア孤児への支援」については、前回書きやした。

今回は、ポーランドの歴史と「日露戦争 ポーランド人を手厚く待遇」のことを書いていこうと思う。

ここから、日本とポーランドの友好関係が始まった。

 

 

歴史を見ると、日本とポーランドは正反対。
日本は国を失ったことがない。

それ以前に、日本は国が変わったこともない。
古代から、ずっと同じ天皇家が続いている。
それで日本は「世界で1番古い国」と言われることがある。

 

この点、ポーランドは全然ちがう。

ポーランドは10世紀に建国された。
16世紀ごろに国土が最大になる。
このころのポーランドは絶好調。

でも、よろこびは続かない。
1795年に、ロシア、プロシア(ドイツ)、オーストリアの3国に分割されてしまい、ポーランドは滅亡する。
そして第1次大戦終が終わるまで、123年の間、ポーランド人は母国を失ったままでいた。

でも、1918年に独立を達成。
世界地図に再び、「ポーランド」を復活させた。

ポーランドの歴史のキーワードは、「亡国」と「独立運動」。
この2つは、日本の歴史にはない。

ポーランドの人たちは、「母国を回復させる」という悲願をずっと持ち続けていたのだ。

ポーランドの国旗

上の白は自由や平和、下の赤は自由や建国のために流された血といわれている。

 

ポーランドの国旗を上下反対にすると、インドネシアの国旗(下)とそっくりになる。

ポーランドという国家がなかった時代、ユゼフ・ピウスツキ(1867年 – 1935年)というポーランド人が日本にやって来た。

彼の願いはただひとつ。
当時、ロシアに奪われていたポーランドを取り戻すこと。
彼は自分の人生を、ポーランド独立のためにささげていた。

後にそれを実現させ、ピウスツキはポーランドの初代大統領になっている。
ガンディーがインド建国の父なら、ポーランド建国の父はこのピウスツキになる。

 

ピウスツキ
表情から、不屈の精神力が伝わってくる。
仕事の上司だったら、過労死しそうだけど。

 

「ポーランドを何としても、ロシアから独立させたい」と考えていたピウスツキにとて、「日本がロシアと戦争を始めた」と聞いては、居ても立っても居られない。

念のため、日露戦争を確認しておこう。
高校日本史的には、こんなおさえになる。

日露戦争 1904~05

満州・韓国をめぐる日露両国の戦争。
5月、日本海海戦でバルチック艦隊に勝利。9月、米大統領の調停によりポーツマス条約に調印。20世紀最初の帝国主義戦争。

「日本史用語集 (山川出版)」

 

1904年、日露戦争中の日本をピウスツキが訪れる。
もちろん、ポーランド独立を日本に支援してもらうため。

ピウスツキは、そときの決意をこう語っている。

「わたしは、もし日本が武器と弾薬についての技術的援助を我々に与えてくれれば、そのときには情報活動の組織化に同意してもよいと即座に決心した。なぜなら、ロシアが行う戦争という大事件が、同国に何らの痕跡も残さないはずはないし、(外国)勢力の援助があれば、ポーランドの運命をかなり改善できるような状況が生じてくるだろうと予想したからである」

「ポーランド民族の歴史 山本俊朗・井内敏夫(三省堂選書)」

*「世界史の窓」からの孫引き。

 

残念ながらこのとき彼は、日本から全面的な支援を得ることはできなかった。
でも、ピウスツキは日本に対して良い印象を持って、それは生涯変わらなかった。
彼がポーランドの大統領だったとき、日露戦争時で活躍した日本軍将校たちに勲章を授与している。
ロシアを破ったことをピウスツキはよろこび、日本の勝利を高く評価していたということだろう。

 

1919年、ピウスツが大統領だったときに、日本とポーランドは国交を樹立した。

ポーランド建国の父が、日本に好印象を持っていた意味は大きい。
これがポーランド人の「日本観」に大きな影響をあたえることになる。

 

 

先ほどの日露戦争の説明に、「日本海海戦でバルチック艦隊に勝利」と書いてあった。

日本軍がロシア軍を撃破したという知らせに、ポーランド人は歓喜にわいたという。
日露戦争での日本の勝利が、独立運動を続けるポーランド人に勇気や希望をあたえることになった。

それはアジアの人たちも同じ。

日本の勝利に、インドのガンディーも体がふるえるほど感動している。

ロシアの武力に対してかがやかしい勝利をおさめたことを知って、感動に身ぶるいしました

「日本賛辞の至言33撰 (ごま書房)」

これと同じ思いをしたポーランド人がたくさんいた。

 

 

「日露戦争 ポーランド人を手厚く待遇」
「ポーランド人シベリア孤児への支援」
「『命のビザ』発給」

この3つが大きな理由となって、ポーランドは大の親日国になっている。

現在、ポーランドのクラクフには「日本美術技術博物館」があって、日本の伝統文化や最新技術などが紹介されている。
ここで日本文化を知るポーランド人も多い。
また、ポーランドには、ヨーロッパ最大の日本庭園のひとつ「白紅園」がある。

ポーランドでの日本語熱も熱い。
日本とポーランドが国交を結んだ1919年、ワルシャワ大学に日本語講座が開設された。
いまではポーランド各地に、日本語を学ぶ機関がある。

文部科学省がおこなっている日本語・日本文化研修留学生の試験では、毎年20名ほどのポーランド人学生が合格している。
これは非漢字圏の国では第1位。

以上のことは、外務省ホームページ「最近のポーランド情勢と日本・ポーランド関係」に書いてある。

 

首都ワルシャワ

 

今夜サッカー日本代表がロシアで、ポーランド代表とたたかう。

むかし、日本とポーランドがロシアとたたかったことを思うと、すごい因縁だ。
きっと日本が勝つのだけど、ポーランドとのいい関係は続けていきたいと思う。

 

おまけ

JETRO(日本貿易振興機構)が作成した動画で、ポーランドの親日っぷりがうかがえる。

世界は今 -JETRO Global Eye 【JETRO】ワルシャワスタイル ‐知られざる親日国の素顔‐

 

でも残念なことに、日本のマスコミはポーランド政府観光局をイラッとさせたらしい。

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。