アフリカ旅行、ガーナで男泣き。野口英世への母からの手紙。

 

始めの一言

「私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。
(ハリス 幕末)」「逝きし日の面影 平凡社」

 

このハリスというアメリカ人は、覚えておこう。

ハリス

日本の江戸時代後期に訪日し、日米修好通商条約を締結したことで知られる。

 

日米修好通商条約 (にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)っていうのは、日本の5つの港を開港したというもの。中学校で習ったはず。

【日米修好通商条約】

安政5年(1858)江戸幕府と米国との間で結ばれた通商条約。
日米和親条約で既に開かれていた箱館のほか、神奈川・長崎・新潟・兵庫の開港(デジタル大辞泉の解説)

 

001098

 

 

前回、アフリカのガーナで亡くなった野口英世について書いた。

のぐち‐ひでよ【野口英世】

[1876~1928]細菌学者。福島の生まれ。幼名、清作。伝染病研究所に入り、北里柴三郎に師事。明治33年(1900)渡米し、蛇毒や梅毒スピロヘータを研究。ガーナのアクラで黄熱病研究中に感染して病没。(デジタル大辞泉の解説)

 

ガーナを旅行したとき、野口英世が息を引きとったという病院に行ったことがある。
病院には野口英世を記念してつくられた部屋があり、さまざまな展示品を見ることができた。
そのなかで目にしたのが、野口英世の母「野口シカ」からの手紙。
それを読んでいて、涙があふれてきた。

 

野口英世の母は幕末の田舎で生まれた人で、満足な教育を受けることができなかった。
息子の英世でさえ、母親が文字を書けることを知らなかったという。

そのことが、野口英世記念館のHPに書いてある。

シカは幼いころ、文字を覚えはしましたが、
その後ほとんど文字を書く機会がありませんでした。後に英世は、母が字が書けるとは知らなかったと語っています。
母シカの手紙

 

それでも、当時アメリカにいた野口英世に当てて手紙を書くために、一生懸命字を書く練習をしたという。

 

シカは学問も無く、字が書けなかった。昔、寺の僧から習ったとはいえ、文房具が買えなかったため、お盆の上に、灰を薄く乗せ、その上をなぞって文字の練習したり、囲炉裏の中で字を書いて練習した。しかし、息子に一目会いたさに、囲炉裏の灰に指で字を書く練習をしながら、右の手紙が書かれ。

北村はじめの『ちょっと立ち読み』:野口英世 この母ありて この息子あり

 

この母シカの手紙には、息子に会いたい母の想いにあふれている。
手紙の誤字からも、母の必死な気持ちが伝わってくる。

*手紙は、「北村はじめの『ちょっと立ち読み』:野口英世 この母ありて この息子あり」からの引用。

 

おまイの。しせ(出世)には。みなたまけ(驚き)ました。

わたくしもよろこんでをりまする。

(中略)

べん京なぼでも(勉強いくらしても)。きりかない。

いぼし(烏帽子:近所の地名)。ほわ(には)こまりをりますか。

おまいか。きたならば。もしわけ(申し訳)かてきましよ。

はるになるト。みなほかいド(北海道)に。いて(行って)しまいます。

わたしも。こころぼそくありまする。

ドカ(どうか)はやく。きてくだされ。

かねを。もろた。こトたれにもきかせません。

それをきかせるトみなのれて(飲まれて)。しまいます。

はやくきてくたされ。

はやくきてくたされ

はやくきてくたされ。

はやくきてくたされ。

いしよの(一生の)たのみて。ありまする

にし(西)さむいてわ。おかみ(拝み)。

ひかし(東)さむいてわおかみ。しております。

きた(北)さむいてわおかみおります。

みなみ(南)たむいてわおかんておりまする。

ついたち(一日)にわしをたち(塩絶ち)をしております。

ゐ少さま(栄晶様:修験道の僧侶の名)に。ついたちにわ

おかんてもろておりまする。

なにおわすれても。これわすれません。

さしん(写真)おみるト。いただいておりまする。(神様に捧げるように頂く)

はやくきてくたされ。いつくるトおせて(教えて)くたされ。

これのへんちち(返事を)まちてをりまする。

ねてもねむられません

 

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ガーナの病院で、この手紙のを見た。
本物ではなくて手紙のコピーだったと思う。

 

「はやくきてくたされ。はやくきてくたされ。はやくきてくたされ。はやくきてくたされ。いしよの(一生の)たのみて。ありまする」

 

このところで、もうダメ。
涙が出てしかたがなかった。

 

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母シカと野口英世

 

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