ウズベキスタンの基本情報・カリモフ大統領が“日本好き”の理由

 

上の写真は「レギスタン広場」といって、古都サマルカンドにある。
レギスタンとは「砂の場所」という意味らしい。

この広場があるのは、ウズベキスタンという中央アジアにある国だ。

ウズベキスタンはめっちゃ内陸にあるため、最低でも2回国境を越えないと海にたどりつくことができない。
ということで、ウズベキスタンは「二重内陸国」のひとつ。
海の恵みに感謝する「海の日」がある日本とはぜんぜん違う。

 

今夜、サッカー・アジアカップで日本がウズベキスタンと激突する。
あ、オレ未来から来たけど、「3-0」で日本が勝ったよ。

ということで今回は、日本代表応援企画として、ウズベキスタンのことや日本との関係について知っていこう。
ウズベキスタンには、日本人の悲しい歴史があったのだ。

 

まずは国旗から。
ファミリーマートのロゴにも見えるけど、これがウズベキスタンの国旗。

青は空、白は平和、緑は自然を表している。
三日月はイスラーム教のシンボルであり、ウズベキスタンの伝統を象徴するものでもある。

 

ウズベキスタンとはこんな国

面積:44万7,400平方キロメートル(日本の約1.2倍)
人口:3,190万人(2017年)
首都:タシケント
民族:ウズベク系(83.8%),タジク系(4.8%),カザフ系(2.5%),ロシア系(2.3%)
言語:公用語はウズベク語。ロシア語も広く使用されている。
宗教:主としてイスラーム教のスンニ派

以上は外務省ホームページの「ウズベキスタン共和国(Republic of Uzbekistan) 基礎データ」から。

「スタン」は「~の土地・国」という意味で、ウズベキスタンは「ウズベク人の国」になる。
ウズベキスタンは、いまはイスラーム教の影響が強いけど、はるかむかしは仏教国だった。
ウズベキスタンに仏教が伝わったのは、紀元後1世紀ごろとみられている。
ちなみに日本に仏教が伝わったのは6世紀。
11世紀にイスラーム系の王朝ができてから、イスラーム色に染まっていった。

 

日本とウズベキスタンの関係について言えば、「シベリア抑留」を欠かすわけにはいかぬ。

第二次世界大戦後、多くの日本軍兵士が旧ソ連につかまり、中央アジアへ連行された。
ウズベキスタンに連れて来られ、強制労働を強いられた日本人も多い。
日本人が建設にたずさわったものに「ファルハドダム」や「ナヴォイ劇場」などがある。

 

劇場を建設する日本人に、食べ物の差し入れをする子どももいた。
そんなときはお礼に木のおもちゃをわたすなどして、遠く離れた地で劣悪な環境にいても、礼儀を忘れることはなかった。

 

「ナヴォイ劇場」はお札のデザインに採用されている。
とてもしっかり作られていて、1966年のタシケント地震を受けても崩れることがなかった。

 

このとき、日本人捕虜の仕事っぷりを見ていたウズベキスタン人の少年がいた。
彼の名は「イスラム・カリモフ(1991年 – 2016年)」という。
ウズベキスタンの初代大統領となる人物だ。

カリモフ大統領は日本が好きで、親日家として知られている。
1997年に麻生太郎氏と会ったときには、子供のころ母親に日本人捕虜収容所へ連れられて行ったときの話をしている。
カリモフ少年は母親からはこう聞かされていた。

「せがれ、ご覧、あの日本人の兵隊さんを。ロシアの兵隊が見ていなくても働く。他人が見なくても働く。お前も大きくなったら、必ず他人が見なくても働くような人間になれ。お蔭で母親の言いつけを守って、今日俺は大統領になれた」

イスラム・カリモフ

 

現在ナヴォイ劇場には、建設に従事した日本人をたたえるプレートがあって、そこには「極東から強制移住させられた数百人の日本国民」と書かれている。
日本人の名誉を重んじたカリモフ大統領が、「決して『捕虜』と書いてはいけない」と命じたからこうなった。

うっ、目から汁が。

ナヴォイ劇場にあるプレート
立場としては捕虜だけど、「日本国民」と書いてくれたことには感謝と感激しかない。

 

こんな歴史もあって、いま日本とウズベキスタンの関係はとてもいい。
外務省ホームページには「両国関係は良好に進展。双方が大使館を開設済み。人的交流も活発」とある。

ウズベキスタンへの支援はいまも途絶えていない。
日本からのODA(政府開発援助)は突出している。

さて両国の代表は今夜、どんな試合を見せてくれるのだろう。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。