ジャマイカのラスタファリズムとレゲエを生んだ母なるアフリカ

 

はじめの一言

「『進歩』を重視するあまり『伝統』を軽んずるというような二者択一的な生き方は愚の骨頂だと思うのです。(中略)『伝統』という基礎があるからこそ、初めてその上に素晴らしい『進歩』が積み上げられるのであり、『伝統』なくして真の『進歩』などありえないのです(李登輝)」

「あなたがたこそ、『日本の魂』の真の継承者なのだから(李登輝)」
「日本賛辞の至言33撰 ごま書房」

 

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李登輝(ウィキペディア)

 

李登輝【りとうき】

台湾の政治家。台北県出身。京都大,台湾大卒。米コーネル大で農学博士号を取得。1956年台湾大助教授。1972年行政院政務委員として政界に入る。台北市長,台湾省政府主席を歴任し,1984年副総統,1988年1月蒋経国総統の死去により,総統に就任。(百科事典マイペディアの解説)

李登輝は、京都大学やアメリカの大学を卒業した国際的な視野をもった台湾人。

 

日本人として、台湾の日本統治時代についても知っておきましょう。

日本の台湾統治

台湾は日清戦争を受けた下関条約で1895年に清朝から日本に割譲され、第2次大戦終戦の1945年まで日本の植民地とされた。

多くの日本人が移り住み、インフラや教育制度の整備が進められた。台湾人の子の多くは日本人が通う小学校ではなく、日本人らしさや日本語の習得を掲げた公学校に通った。

(朝日新聞掲載「キーワード」の解説)

 

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ブルキナファソ(西アフリカ)の村

 

前回書いたのは、こんなこと。

レゲエのシンボルカラーに「ラスタカラー」というものがある。
そのラスタカラーは、「はんアフリカ色」から生まれた。

 

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レゲエのシンボルカラーの「ラスタカラー」と神様「ボブマーリー」。

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エチオピアの国旗

赤・黄・緑がラスタカラーのもとになった「汎アフリカ色」。
レゲエの「ラスタカラー」と似てるでしょ?

 

今回はその続き。

レゲエという音楽は、ジャマイカの「ラスタファリ運動」から生まれた。

ラスタファリ運動

1930年代にジャマイカの労働者階級と農民を中心にして発生した宗教的思想運動である。

(ウィキペディア)

 

このラスタファリ運動では、エチオピア最後の皇帝「ハイレ・セラシエ1世」を「神」として崇拝すうはいしている。
宗教的な面がとても強い。

知り合いのジャマイカ人は、「ラスタファリ運動ってのは、ジャマイカの宗教のことだよ」と話していた。
彼にとって、ラスタファリ運動とは社会運動のことではなくて宗教のこと。

 

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伝統的な戦士の服を着たハイレ・セラシエ1世(ウィキペディア))

 

このハイレ・セラシエ1世は、本名を「ラス・タファリ・マコンネン」という。
ここから、彼を神とする「ラスタファリ」という名がつけられた。

このハイレ・セラシエ1世がジャマイカに来たことが、レゲエを生む重要なきっかけになる。

セラシエ来訪を契機にラスタの思想やメッセージを伝える手段としての音楽、すなわちレゲエへと流行が変遷していった。

(ウィキペディア)

ラスタファリ運動の考え方を伝える方法として、現在のレゲエという音楽が登場したようだ。
人々はレゲエを聴いてラスタフェリの思想を知ったということ。

 

このラスタファリ運動に強い影響を受けたのが、世界的なレゲエミュージシャンのボブ・マーリー。

ボブ・マーリー

ジャマイカのレゲエミュージシャン。
その音楽はラスタファリ運動の思想を背景としており、彼の音楽と思想は数多くの人々に多大な影響を与えた。

(ウィキペディア)

 

ボブ・マーリーが世界的に有名になって、彼自体がレゲエのシンボルとなる。
先ほどの車の写真のように。

それで、彼のドレッドヘア(ドレッドロックス)や彼が身につけていたラスタカラーもレゲエのシンボルになっていく。

 

セネガルの結婚式

 

でも、ラスタカラーやドレッドヘアの始まりは、あくまでもラスタファリ運動にある。

一般的に「ドレッドヘアやラスタカラーは、レゲエのシンボルだ」というイメージが強くあるため、間違った認識を生んでいるらしい。

ウィキペディアの「レゲエ」の項目には、「よくある誤解」としてこう書いてある。

ドレッドロックスやラスタカラーの配色は本来レゲエではなくラスタファリ運動のシンボルである。

(ウィキペディア)

 

ドレッドヘア(ドレッドロックス)にしろラスタカラーにしろ、その起源をもとめるとアフリカ(エチオピア)に行きつく。

ラスタカラーは、アフリカの人や大地が生んだ色なのだ。

 

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エチオピアの少数民族

 

おまけ

前の記事を書いているときに、「ヤーマン」という言葉が気になった。

「ヤーマン」と聞くと、アラビア半島の南部にあるイエメンを思い浮かべてしまう。
イエメンはアラビア語で発音すると「ヤマン」になる。

 

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イエメン門(バーバル・ヤマン)

 

でも、レゲエを愛する人が使う「ヤーマン」は、イエメンとは関係がない。
有名なレゲエ用語だった。
「レゲエが流れるお店@アイランダース」のホームページから。

ヤーマン

意味はYesで、「はい」「うん、いいよ」というもの。発音は、音を伸ばさずに「ヤマン」と短くいうのが雰囲気。
あいづちなど、会話中にまぜて使うと、パトワに精通してる感じがでるだろう。

レゲエ用語

「パトワ」とは、ジャマイカ人が使う英語のこと。

 

あと意外だったのが、「リスペクト」という言葉もジャマイカ英語(パトワ)だったこと。

ジャマイカ英語で最も有名な言葉の一つがリスペクトだ。

人と会ったときには「ヤーマン・リスペクト!」。
別れるときも「リスペクト!」。コンサートやサウンド・システムでアーティストが登場するとき、司会者は「リスペークト!」と紹介。
深い意味なんか考えずにバリバリ使う。
また、「僕は××をリスペクトしている」という風に、 ××を尊敬&認めるという具合にも使われる。

レゲエ用語

 

今の日本人がよく言う「~をリスペクトする」は、パトワでありレゲエ用語。

 

おまけのおまけ

ハイレ・セラシエ1世が制定したエチオピアの憲法は、明治日本の大日本帝国憲法を参考にしている。

1931年7月16日に大日本帝国憲法を範とし、7章55条から成るエチオピア帝国初の成文憲法たる「エチオピア1931年憲法」を制定した

(ウィキペディア)

 

タイの憲法も、大日本帝国憲法を参考にしている。
日本の憲法は当時、世界中に影響を与えていたらしい。

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。