小中学校でおなじみ、日本の体操の歴史 明治時代に軍隊・学校教育へ

 

今回の内容

・明治時代、日本の軍隊が体操を取り入れた
・学校でも体操を取り入れた
・北方戦争とスウェーデン式体操

 

前に運動会とラジオ体操についての記事を書いてきた。

 

運動会もラジオ体操も外国で生まれて日本が取り入れたもの。
でも、日本で独自の変化をとげたことで、今では「日本の文化」として定着している

 

この記事を書くときに、「日本と体操」についてチョイと調べてみた。
今回はその歴史について書いていきたい。

 

・明治時代、日本の軍隊が体操を取り入れた

まずは体操から。

日本では1868年に軍隊に初めてドイツ体操が採用された。

(ウィキペディア)

 

「軍隊と体操」という組み合わせには、変に思う人もいるかもしれない。

でも、「腹が減っては戦はできぬ」と同時に、体力がなかったら戦いができるわけもない。
大人数の人間に効率よく体力をつけさせるには、体操がもってこいだ。

明治の日本軍がドイツ体操を受け入れたことにも、こうした理由があったはず。

 

「ドイツ体操なんて聞いたことがないな~」って思うかもしれないけど、実はやっている。
「鉄棒,平行棒,平均台」の運動を学校でやったはず。

これがドイツ体操だ。

 

ドイツ体操

ドイツで 18世紀後半から汎愛派の教育家たちによって始められ,F.ヤーンによって完成された体操の体系。

スウェーデン体操,デンマーク体操と並び世界的に普及している体操の一つ。

自然性を尊重して全身的,総合的な修練形式をとること,鉄棒,平行棒,あん馬,平均台などの器械器具を利用することなどに特徴があり,その運動内容は徒手体操 (準備運動) ,疾走と跳躍,器械体操,重いポールや丸太などを扱う運動,縄飛びなどからなっている。

(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説)

 

明治の日本軍が取り入れたのは、徒手体操(準備運動)の方だろうけど。

 

それにしても、日本は変化が早い。
1867年に大政奉還がおこなわれて、 徳川慶喜が天皇へ政治の権利を返している。
実質的に、この年に江戸時代が終わった。

その次の年には、もうドイツ体操を取り入れている。

 

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体力をつけるためには、食事も欠かせぬ。
北海道行きたいなあ。

 

・学校でも体操を取り入れた

明治時代、軍隊の後に学校でも体操を取り入れている。
これもドイツ体操が基本になっているようだ。

 

また、一般の学校体操としては、1878年に体操伝習所を設立し、アメリカの体操教師リーランドを教官として招聘した。リーランドはドイツのヤーンの体操を基にしたアメリカ式体操を習得した教師で

(ウィキペディア)

 

学校教育で体操を始めた目的は、現在の体育と同じで体力の向上のためだろう。
これも軍事的な目的に結びついているとは思うけど。

 

この当時は「健康を保持するため」という目的は、薄かったと思う。
始めは軍事的な理由で体操を始めたけど、時代によってその目的は変化している。

 

今の世界では、税金を使わないようにするために体操を奨励している国もたくさんある。

 

「運動不足→たくさんの人が病気になる→多くの税金が医療費として使われる」

 

この負のループを避けるために、国をあげて国民に運動や体操をすすめている国は多い。日本でも、成人病を予防するために体操や運動を積極的に推奨しているしね。
日本の学校の体操は、このときにはアメリカ式の体操を採用して、のちにスウェーデン式体操を取り入れている。

 

スウェーデン‐たいそう【スウェーデン体操】

19世紀初頭、スウェーデンのリングが、解剖学・生理学に基づき、身体各部・各機能の調和した発達を図って考案した体操。徒手体操が中心。明治末期以降、長らく日本の学校体操の根幹をなした。

(デジタル大辞泉の解説)

 

現在の日本の学校でおこなっている体操の内容は、このスウェーデン式体操とデンマーク式体操の影響を強く受けているらしい。

具体的にどんな体操かは分からなくて、すまぬ。

 

デンマーク体操

現在広く日本人に親しまれるラジオ体操が創られた時、このリズミカルなデンマーク体操は大きな影響がありました。

NPO法人 日本デンマーク体操研究会

 

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子どもの成長には、冒険も必要ですね。

 

・北方戦争とスウェーデン式体操

これは、ヨーロッパと世界史に興味がある人だけが読んでほしい。
先ほどスウェーデン式体操について書いた。
この体操が生まれた背景には、「北方戦争」がある。
この戦争の勝利によって、皇帝ピョートル1世のいるロシアは世界の強国になった。

 

ほっぽう‐せんそう【北方戦争】

1700~1721年、バルト海の支配権をめぐって、デンマーク・プロイセンなどと結んだロシアとスウェーデンとの間で行われた戦争。当初はスウェーデンが優勢であったが、ポルタバの戦いを転機にピョートル大帝のロシアが勝利をおさめ、1721年のニスタット条約でバルト海東岸を獲得、強国の地位を得た。大北方戦争。

(デジタル大辞泉の解説)

 

この戦争で負けたスウェーデンは、大打撃を受けてしまう。

スウェーデンは17世紀に獲得したほとんどすべての「海外」領土を失い大国としての地位を喪失した。

(ウィキペディア)

 

スウェーデンはこの敗北により、国が疲弊してしまった。
このとき、「国力の回復をはかるためには,まずは強い国民を育成しないといけない。体力を向上させる効率的な良い方法はないだろうか?」ということでつくられたのが、スウェーデン式体操になる。

 

いってみれば、北方戦争がスウェーデン式体操を生む結果となった。
そしてそれを、今の日本の小中学校でおこなっている。
歴史って複雑。

 

今回の復習

・1867年に徳川慶喜が天皇へ政治の権利を返している。これを何という?
・ロシアが世界の強国になるきっかけとなった戦争はなに?
・このときのロシアの皇帝はだれ?

 

答え

・大政奉還
・北方戦争
・ピョートル1世(大帝)

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。