薩英戦争②勝敗と海外の反応、江戸幕府の負けという謎の結果

 

はじめの一言

「万事静謐にして国民はその統治者、および長上にすこぶる従順なり
(ウィリアム・アダムズ 江戸時代)」

「日本賛辞の至言33撰」

*静謐(せいひつ)とは、静かで落ち着いていることや世の中が穏やかに治まっていること。

 

この「ウィリアム・アダムス(三浦按針)」という人はぜひ覚えておこう。
日本に来た最初のイギリス人と言われている人で徳川家康につかえていた。
さらに、「イギリス出身の武士」という不思議な人物でもある。

 

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三浦按針の像(ウィキペディア)

 

前回、薩摩藩とイギリスとの間でおこなわれた薩英戦争について書いた。
結果は、薩摩藩もイギリスもダメージを受けて痛み分けに終わる。

双方ともかなりの被害を受け、講話が成立。薩摩は攘夷の無謀を理解し、講和後に両者は接近した。

(日本史用語集 山川出版)

 

海外の反応はというと、日本の評価はむしろ高まった。
世界最強と言われていたイギリス海軍に負けなかったのだから。
ニューヨーク・タイムズ紙はこう書いた。

「この戦争によって西洋人が学ぶべきことは、日本を侮るべきではないということだ。彼らは勇敢であり西欧式の武器や戦術にも予想外に長けていて、降伏させるのは難しい。英国は増援を送ったにもかかわらず、日本軍の勇猛さをくじくことはできなかった」

(ウィキペディア)

 

でも大事なことは、日本史用語集にあった「講和後に両者は接近した」という部分だ。

つまり戦争をして、結果的に薩摩藩とイギリスの仲が良くなっている。

「おまえ、なかなかやるじゃねえ」
「ああ、おまえもな」

というマンガのような展開があって、イギリスと薩摩藩との間で友好関係が生まれた。

 

だが、待ってほしい。
この薩英戦争の賠償金を払ったのは、江戸幕府だ。

 

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イギリスのスーパーで売られている、「Satsuma(サツマ)」というみかん。

これも、イギリスと薩摩藩の友好関係のしるし。

 

薩英戦争は読んで字のごとく、薩摩藩とイギリスとの戦争。
けれど、なぜか江戸幕府がこの戦争の賠償金を払っている。
薩摩の島津家は2万5000ポンド(6万300両)を幕府から借りてイギリスに支払ったけど、幕府にお金を返さなかったのだ。

だから、実質的に徳川幕府が払ったことになる。

 

薩英戦争の勝敗は、薩摩藩とイギリスの「双方ともかなりの被害を受け」たということで、引き分けといっていい。

最大の敗者は江戸幕府だ。

 

この戦争によって、薩摩藩とイギリスが仲良くなる。
その結果、薩摩藩はイギリスから軍事支援を受けることになった。

その象徴のような人物に、スコットランド出身のグラバーというイギリス人がいる。

グラバー

1859年に来日し、長崎にグラバー商会を開設。薩長に武器などを売り、新政府成立を側面から援助。長崎のグラバー邸はその旧邸宅。

(日本史用語集 山川出版)

 

イギリスの軍事支援を受けて、薩摩藩は一段と強大になる。
のちに、薩摩藩の西郷隆盛を最高司令官とする新政府軍は、イギリスから買った銃で幕府の新撰組などを蹴散らし、戊辰戦争に勝って徳川幕府を倒してしまう。

 

 

前回からここまでの流れを、徳川幕府の側から見たらこんな感じだろう。

横浜で、薩摩藩の藩士がイギリス人を切り殺す生麦事件がおこる。

この事件は薩摩藩の人間がしたことで、徳川幕府はかかわっていない。
けれど、10万ポンドの賠償金を払ったのは幕府だった。

そして生麦事件が原因となって薩英戦争がおこる。
徳川幕府に直接の責任はない。

薩英戦争によって、薩摩藩とイギリスが仲良しになる。
徳川幕府が賠償金を払っているのに。

イギリスの支援を受けた薩摩や長州によって、幕府は倒されてしまう。

 

生麦事件と薩英戦争は、ほとんど徳川幕府とは関係なく事態が動いていた。
けど結果的には、幕府が賠償金を払って、しまいには滅亡させられている。
徳川幕府としては、「踏んだり蹴ったり」という状態でカワイソス。

だから薩英戦争の結果は、徳川幕府の「一人負け」と言っていいでしょ。

 

 

おまけ

この記事で出てきたグラバーが住んでいた家は現在、世界遺産に登録されている。

むかし静岡から長崎まで旅行に行こうと思ったことがある。

でも、予算を調べたら、ソウルや台北に旅行に行くのとそれほど変わらない。
で、台北に行ってしまった。
日本は、国内旅行にかかるお金が高すぎる。

 

今回の復習

・生麦事件の報復として始まった戦争はなに?
・その戦争によって、薩摩藩は考え方をどう変えた?
・薩長に武器などを売り、新政府成立を側面から援助したイギリス人はだれ?

 

答え

・薩英戦争
・攘夷から開国へと認識を変えた。
・グラバー

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。