キリスト教の宗派の違いとは?②カトリック「免罪符(贖宥状)ですべてはOK!?」


 

(吉田松陰らと会って)
「自分達の目的は合衆国につれて行って貰いたいのであり、世界を旅行し見聞き度いと云う希望を合衆国で充たし度いのだと打ち明けた。彼等は教養ある人達で支那言語(中略)を流暢に形美しく書き、その態度も低調で極めて洗練されていた。(ペリー 幕末)」「日本絶賛語録 小学館」

自由に世界やアメリカに行ける現在って、素晴らしい!!

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今回の内容

・中世ヨーロッパの「カトリック」って?
・人を殺しても、免罪符を買えば許される。という時代。

 

カトリック

ギリシア語の「普遍的」を意味するカトリコスに由来することば。ニケーア公会議以降アタナシウス派がこれを称し、ローマ教会が正統な継承者を自任した(世界史用語集 山川出版)

 

 

「カトリック」っていうのは、「何の間違いもない、100%絶対に正しい教え(考え)」というものだと思う。
「100%正しい教え」なんだから、カトリックの信者は、キリスト教について考える必要がない。というか、考えていけない。
ただただ、カトリックの聖職者の言うことを聞いてそのとおり行動すればいいことになる。

 

・ようするに、教会の教えを鵜呑みにし、それに従えばよい、というわけだ。
・正統派、個人が勝手に真理を求めて、それを知ることは異端の証拠だと見なした。
・神の権威を代行するのが教会の指導者だ。神が定めた権威者に逆らうことは、神に逆らうことと同じ(キリスト教封印の世界史 徳間書店)

 

 

カトリックは、「絶対に正しい教え」だから、それに疑問をもつことも許されない。カトリックの信者が、「聖職者が言っていることは正しいのか?」なんて考えることもいけなかった。
ただただ、教会の言うことを聞いていればいいという状態だった。

 

ここまで極端じゃないけど、今の日本でも、こういう人はいる。
「いいから、オレの言うことを聞け!『でも』じゃない。オレの言うことを聞いてそのとおりやればいいんだ!」という人。そして、自分の頭で考えることをやめて、その人の言うことに従う人。

 

カトリックの場合、「私に逆らうということは、神に逆らうことと同じで、地獄に落ちることになる」となるから、庶民は従うしかなかった。

 

そんなカトリックのやり方や考え方に「おかしいんじゃない?」と言ったり、別の考え方をしたりすると、カトリック教会から、「異端(いたん)」認定されてしまう。
そうすると、生きたまま焼かれることになる。

 

一二三一年の教皇勅令により、異端者は火刑に処されることになった。火あぶりにすれば一滴の血も流れないですむというわけだ。(キリスト教封印の世界史 徳間書店)

 

 

こんなふうに、カトリック教会から「異端」と認定されて、火あぶりで殺されてしまった人に、フスという人物がいる。

 

フス(1370~1415)

ベーメン(ボヘミア)の神学者。プラハ大学総長。
「カトリックの現状を批判」したことで、「異端として焚刑となった」。
(世界史用語集からの抜き出し)

 

この「焚刑(ふんけい)」って言うのが、「火あぶりの処刑」のこと。
当時のカトリック教会がしたことはこれだけではなかった。
もっと、信じられないようなことをしている。

フスの異端を決議したコンスタンツ総会議では、没後三〇年あまりたっていたにもかかわらず、ウィクリフに対しても異端宣告がなされ、墓をあばいて遺骨を焼きすてることが決議されて、一三年後にそれが行われた。
死人の墓をあばいて遺骨を焚刑にするこということは、当時のカトリック教会の陰湿な精神的荒廃を示している。(キリスト教の歴史 小田垣雅也)

三十年前に死んだ人間に「異端」を宣告して、死体を墓から掘り起こして遺骨を焼きすてる。
カトリック教会は、今から見たら、考えられないような残酷なことをやっていた。

 

とはいえ、21世紀の常識で、15世紀の出来事を見てはいけない。
15世紀の人は、14世紀の常識で行動していたからね。
豊臣秀吉も、16世紀には、「26聖人殉教」っていうことをしている。

 

26聖人殉教

1596年、秀吉は京畿地方のフランシスコ会宣教師・26人を逮捕・処刑した。(日本史用語集 山川出版)

 

今の価値観から過去を見たら、「残酷なことだらけ」になる。
でも、その時代に生きた人は、その時代の常識に従って行動することが当たり前。
だから、現在の価値観から、単純に「ひどい」「残酷だ」と考えてはいけない。

・人を殺しても、免罪符を買えば許される。という時代。

それでも、「カトリックは、間違っている!」と勇気ある声をあげたのが、ルター。
この人は、まさに、ヨーロッパの歴史を変えた人。

 

「マルティン・ルターによって1517年に火蓋をきられた宗教改革は、カトリックによるヨーロッパ統一の時代を終焉させた。(ヨーロッパの歴史 東京書籍)」

 

 

このとき、ルターが問題視したのが、カトリック教会が売っていた免罪符(めんざいふ)というもの。
これから、出てくる「贖宥状(しょくゆうじょう)」って、免罪符のこと。
今回の記事は、この免罪符のことを書きます。
ルターとプロテスタントについては、次回の記事で。

 

贖宥状(免罪符)
カトリック教会が発行した、罪の許しをあらわす証明書。(中略)特にドイツで盛んに売られ、ルターの教会に対する疑問と批判に繋がった。(世界史用語集 山川出版)

 

「罪を許してくれる」って、素晴らしい!
これを買えば、罪を犯しても、許してもらえるし、罰も受けない。
物を盗んでも、人を殺しても、この免罪符を買えば、許される!
事実、この免罪符は、罪の大きさによってその値段が違っていて、その「価格表」まであった。
後でそれを紹介する。

 

こんなバカバカしいことが、ヨーロッパでは行われたいた。
では、何でカトリックは、こんなにお金を集めたかったのか?

 

教皇レオ10世はサンピエトロ大聖堂建立資金のために、贖宥状の販売を強化する決意を固め、それはまさしく正規の商売になまでなっていった。(ヨーロッパの歴史 東京書籍)

 

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イタリアの「サン・ピエトロ大聖堂(ウィキペディアから)」
この建築のためだけではないけど、このために免罪符が販売されていたことは確か。

 

今の日本でも、信仰心を利用した金儲けをする人がいる。
「~円で買えば、その分、魂が救われる」と聞いたら、お金を出してしまう人もいると思う。
この免罪符を売っていた「テッツェル」という人は、こんなことを言ったという。

 

「贖宥状を購入してコインが箱にチャリンと音を立てて入ると霊魂が天国へ飛び上がる(ウィキペディア)」

 

大ざっぱに言えば、「お金を出せば、天国に行くことができる」ってことだろう。
教会が売っている免罪符を買うことは、善行(良い行い)だから、良いことをすればすれほど、天国に近づける。
でも、ここの解釈は難しい。
これ以上の細かいことは、自分で調べてちょうだい。

 

そして、この免罪符は、定価があって、それは犯した罪の大きさによって違っていた。

 

これには定価俵があって、犯した罪を時価いくらで買い取ってもらえるということが、こまごまと明細書にされている。

殺人については、被害者が聖職者でない場合は金貨五枚、聖職者の場合は七枚であった。(ハプスブルク一千年 中丸 明)

 

こんなカトリック教会のやり方や考え方に「おかしい」と考えて、声をあげた勇気のが、さっき書いたあるマルティン・ルター。

 

マルティン・ルターは、聖書を説くことより金集めに夢中な教会に抗議し、プロテスタントの宗教改革に火をつけた。(キリスト教封印の世界史 徳間書店)

 

次は、宗教改革と「プロテスタントとは?」ということを書いていきます。

 

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