ヨーロッパの食文化:じゃがいもの歴史・キリスト教・飢饉


 

悲報というより、このニュースは個人的には絶望。

カルビーとコイケヤが、一部のポテトチップスの販売をやめてしまう。
テレビや新聞なんかでもよく報道しているから、知っている人も多いと思う。
ポテチ好きなボクにとっては、これは秘宝。いや、悲報だ。

さらに販売を休止するポテトチップスのなかに、よりによってピザポテトがふくまれていた。
コーラを飲みながらピザポテトをつまむのが大好きだったのに・・・。
そんなボクにとって、「ピザポテト消滅」という知らせは死亡通知を受け取ったとおなじ。
もう絶望ですわ。

 

ポテトチップスが生産できなくなったのは、原料となるじゃがいもが不足してしまったから。
去年、台風が北海道をおそったときに大きな水害が発生した。

「過去10年の水害では最悪となる見通しだ(毎日新聞)」というニュースは、このときに耳にはしていた。
でもそれが今になって、「ポテトチップスがなくなる!」という現実になってあらわれるとは。
まったく想像できなかった。

とにかく今、じゃがいもが注目をあびている。
ということで今回は、雑学として「ヨーロッパとじゃがいも」という食文化や歴史について書こうと思う。

 

ピザポテトが絶滅してる・・・。

 

ところで、じゃがいもが世界のどこで生まれたか知ってますか?

農林水産省のホームページでは、じゃがいもの原産地はアンデス山脈となっている。

南アメリカの高さ4000m近いアンデス山脈(さんみゃく)がじゃがいものふるさとなんですって。

じゃがいもはどこから来たの?

 

アンデス山脈はおおよそ黒線のところ。
これはおおざっぱなものだから、正確な位置を知りたい人は各自で調べてほしい。
健闘を祈る。

 

 

これがアンデス地方。
このあたりでじゃがいもは生まれた。

画像はこちらのおしゃれなブログから。
チチカカ湖の浮いとる島

 

ヨーロッパにジャガイモが登場したのは16世紀のとき。

スペイン人が新大陸(アメリカ大陸)から、ヨーロッパに初めてジャガイモを運んできた。

でも当時のヨーロッパ人は、この新しい野菜を食べようとはしない。
なぜか?
その理由の1つにキリスト教がある。

この当時のヨーロッパの人たちにとって、未知の食べ物を食べるかどうかは個人の考えよりも、宗教(キリスト教)の教えに合うかどうかのほうが大切だった。

キリスト教文化圏では「ジャガイモは聖書の出てこない食物。これを食すれば神の罰が下る」との文化的偏見も加わる。

「ジャガイモの世界史 伊藤章治」

今の世界でもそうだけど、食文化と宗教は深く関係している。

 

ヨーロッパとジャガイモ

 

今のヨーロッパでは、じゃがいもはとても人気がある。

とくにドイツ人はじゃがいもが大好きで、ドイツの食文化にじゃがいもは欠かせない。
ドイツのじゃがいもの生産量と消費量は、世界でもトップクラス。

ドイツでじゃがいもの栽培がさかんになったのには、それなりの歴史がある。

その背景には三十年戦争があった。
高校で世界史を習った人なら、三十年戦争についても学んだはず。

これは1618年~1648年の30年の間に、ドイツを中心におこなわれた宗教戦争のこと。
くわしいことは各自で調べてもらうとして、とにかくこの戦争でドイツは大きなダメージをおってしまう。

主な戦場となったドイツは国土が荒廃し、皇帝権の弱化による諸邦の分裂と相まって、著しく近代化が遅れることになった。

デジタル大辞泉の解説

 

三十年も戦争をしていたせいで、戦場となったドイツではたくさんの人びとは殺されて農地も荒れ放題になっていた。

そこでジャガイモが注目されることになる。

ドイツのほぼ全土が戦場となったこの戦争で、ドイツの農民は耕地を失い、どん底の生活を余儀なくされる。追い詰められた農民はもはや「ジャガイモを食べると流行病にかかる」などといった迷信にこだわってはいられなかった。

「ジャガイモの世界史 伊藤章治」

 

生きる死ぬか?

こんなギリギリの状況に追い込まれたら、食べられる物はなんでも食べるしかない。
「聖書に書いてない」とか「病気が心配」なんて言っていらんない。

ドイツのフリードリヒ大王が、「プロイセン(ドイツ)のすべての地で、じゃがいもをつくろう!」と国民に呼びかけた。

ドイツでじゃがいもが人気になったワケには、この「ジャガイモ令」の影響がとても大きい。

 

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カンボジア人はクモを食べる。
でもカンボジアには、クモを食べる食文化はなかった。
ポルポト派による虐殺があった時代、食べるものがなくなってクモまで食べるようになった。

 

 

「ヨーロッパとじゃがいも」について語るなら、アイルランドでおきた「じゃがいも飢饉(ききん)」についてもふれておく必要がある。

1840年代半ばに、ジャガイモの疫病による凶作で発生したアイルランドの飢饉。100万人以上が餓死する一方、ほぼ同数の人がイギリスやアメリカに移住した。

「世界史用語集 山川出版」

 

この飢饉の犠牲者の数は、正確にはわかっていない。
「ジャガイモの世界史 伊藤章治」では、150万人という数字を紹介している。

150万人といえば、カンボジアでおこったポルポト派による虐殺の犠牲者とほぼ同じ数だ。
じゃがいもが獲れなくなったことで、ヨーロッパではこれほどの大きな被害をうまれている。

「ピザポテトがなくなる!」なんて言っている場合じゃないですね。

*時どき、ポルポト派の虐殺の犠牲者数を「300万人」と書いているものがあるけど、300万人は盛りすぎ。
実際はそこまでの被害はなかった。

 

じゃがいものふるさと、アンデス地方のおばちゃん。

 

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