インド人を日本のお寺へ①きっと喜ぶ菩提僊那と奈良の大仏の話


 

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新幹線に乗って、隣の席の女性と恋に落ちる確率はどのぐらいか?

統計学者がこんなバカバカしい、いや、面白いことを計算している。

その記事が「R25」というサイトにある(2017.01.19)。

「新幹線で女性と恋に」確率はホールインワン並み?

「0.0076%とは、1万3163回に1回の割合です。仮に平日毎日、新幹線を往復利用するとしたら1年で552回乗ることになりますが、それでも25年2カ月に1回あるかないかという奇跡に近い確率。ちなみに、アマチュアゴルファーのホールインワンの確率とほぼ同等です」

 

具体的な計算方法はサイトを見てくださいな。
複雑でよくわからん。

でもこの確率は年齢と顔の要素によって、天文学的な違いが生まれるはず。
「ただしイケメンに限る」というやつ。

 

 

ボクは今までに何十回も、飛行機に乗ったことはある。

でも、恋に落ちたことはない。
飛行機が落ちなきゃ、それで良いと思ってる。

でも一度、大声で怒鳴り合っている中国人を見たことはある。

中国人のカップルが、離れ離れの席になってしまったらしい。
それで、隣の席に座りたいからと彼女の隣にいた人に、席を替わってくれるように頼んだけど、断られた。
それで怒鳴り散らしていた。

 

あのせいで、離陸の時間が遅れてしまった。

中国を旅行していてよく感じるけど、中国人には「他人に迷惑をかけたら申し訳ない」という意識がビックリするぐらいもない。
そんなことを感じていたら生きていけないほど、厳しい社会かもしれないけど。

 

 

ちょっと前、日本で働いているインド2人とお寺に行ってきた。

ということで、今回は「インド人が聞いたらきっと喜ぶだろうなあ」という話をしていきたい。
中学校の歴史の復習を交えながら、

 

 

まずは、そのお寺を紹介します。

今回行ったのは、静岡市にある清見寺というお寺。

お寺の目の前を電車が走っている。
というより、鉄道をつくるときにカーブにはしたくないということから、お寺の中をぶち抜いてしまってこうなったらしい。
一種のケンチャナヨ工事。

 

結果的に、お寺の中を列車が走っていることになる。

・なお、寺の境内を東海道本線の線路が横切っている。

・清見寺では境内の一部が鉄道敷地として召し上げられ、それによって風致が損なわれた事に対する補償金が支払われたが、寺の住職はそれを献納したといわれる。現在でもその名残で、東京側から見ると興津駅を過ぎた先で、清見寺の総門と本堂の間を東海道本線が横切っているのを見る事ができる。

(ウィキペディア)

 

こんなお寺は他にはないと思う。

お寺の中をSLが走っていたとは!

 

ここは歴史あるお寺のようで、なかなかすごい人たちが訪れている。

駿河湾を望む風光明媚な高台にあり、室町時代には雪舟が、明治時代には夏目漱石や高山樗牛、島崎藤村が訪れている。

(ウィキペディア)

 

 

ボクがインド人をお寺に案内する時に、よく話すことがある。

「その昔、日本の天皇と同じぐらい尊敬されたインド人がいたんですよ」と。

それが奈良時代に活躍した、インド人の「菩提僊那(ぼだいせんな)」というお坊さん。

このインド人僧の話をしたら、インド人はきっと喜ぶ。

ぼだい‐せんな【菩提僊那】

[704~760]
奈良時代のインド僧。文殊菩薩を慕って中国に渡り、天平8年(736)遣唐使の要請で来日。東大寺大仏開眼供養の導師を務めた。婆羅門(バラモン)僧正。

デジタル大辞泉の解説

 

ここに書いてあるように、この菩提僊那(ぼだいせんな)というお坊さんは、752年に奈良の大仏の開眼供養をしている。

開眼供養(かいげんくよう)

新しく彫刻したりあるいは描かれた仏像を供養し,仏眼を開く儀式で,この儀式を行なったのち,霊力をもつ尊像として尊ばれる。天平勝宝4 (752) 年に行われた東大寺大仏の開眼供養の儀式が日本で行われた最初のもの。

(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)」

 

仏像といっても、この開眼供養をする前はただの木造の像にすぎない。
開眼供養の儀式をすることで、霊力をもった仏像になる。

この日本の歴史上初となる開眼供養で導師をおこなったお坊さんが、インド人僧の菩提僊那(ぼだいせんな)さん。
「導師をおこなう」というのは、筆で大仏の目を入れたことだと思う。

 

菩提僊那は高い尊敬を受けて、聖武天皇と同じく東大寺の「四聖」の一人にもなっている。

「東大寺では大仏創建に力のあった良弁、聖武天皇、行基、菩提僊那を「四聖(ししょう)」と呼んでいる。

(ウィキペディア)」

 

「聖武天皇と同じく、東大寺の四聖になっている」という意味で、このインド人のお坊さんは「天皇と並ぶぐらい尊敬された」とインド人に話している。

インド人が話を聞いて喜んでくれたらそれでいい。

 

インドの名物野良牛さん。
でも、じつは「野良」ではない。

 

平成25年に、天皇、皇后両陛下がインドを公式訪問されている。
そのときインド政府主催の晩餐会で、天皇陛下がこの菩提僊那について触れられた。

宮内庁のホームページから。

貴国と我が国とは地理的に離れ,古い時代には両国の間で人々の交流はほとんどなかったように考えられます。

しかし,貴国で成立した仏教は6世紀には朝鮮半島の百済から我が国に伝えられ,8世紀には奈良の都には幾つもの寺院が建立され,仏教に対する信仰は盛んになりました。

8世紀には,はるばるインドから日本を訪れた僧菩提(ぼだい)僊那(せんな)が,孝謙天皇,聖武上皇,光明皇太后の見守る中で,奈良の大仏の開眼供養に開眼導師を務めたことが知られています。

この時に大仏のお目を入れるために使われた筆は今なお正倉院の宝物の中に伝えられています。

インド大統領閣下主催晩餐会における天皇陛下のご答辞(大統領官邸)

日本とインドの交流を考えた場合、菩提僊那はとても大事な人物だ。
それにしてもこのときの開眼供養で使った筆が、今も正倉院にあるとは!

 

でも、奈良で売っている「1300年カレー」ってのはやや強引な気がする。

カレーは、釈迦がスパイスを合わせて作った薬膳が始まりだと言われます。東大寺の大仏開眼供養でも、招かれたインド僧 菩提僊那~ぼだいせんな~が薬膳カレーを振る舞っていたとすると、日本で初めてカレーを食べたのは、奈良の人たち…。

“1300年カレー”は、そんな想像をふくらませ、当時の素材で作った創作薬膳カレーです。

 

 

この時、清見寺を案内したインド人にもこの話をした。

2人とも、菩提僊那というインド人僧のことは知らなかった。
菩提僊那を知っているインド人には会ったことがない。

 

話を聞いた感想は、「I am very proud to hear that(それは、ホントに誇らしいな)」というもの。
天皇と並ぶほどの歓迎を受けたということは、インド人としては誇らしいという。

とりあえず、菩提僊那の話をすればきっとインド人は喜ぶ。
これでつかみはOK。
のはず。

 

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「すっごい格差社会のインド」と「聖武天皇と並ぶインド人僧」

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日本はどんな国? 在日外国人から見たいろんな日本 「目次」

 

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