インドで見たイギリス植民地支配の影響:「もしもし」の由来


 

インドを旅行中、あることに気づいた。

インド人は電話に出るとき、「ハロー」と言っている。

この場合、日本人がなら日本語で「もしもし」と言うけれど、インド人はなんでヒンディー語ではなくて「ハロー」という英語を使うのか?

「オレは英語を話してるぜ!」と、周囲の人間にカッコつけているのか?

インド人は見栄っ張りでカッコつけたがる(ように見える)。
写真を撮るときもよくポーズをつける。
でもインド人に言わせると、とくにカッコつけてるという意識はないらしい。

そんなことだろうと思ったから、まったくちがった。
インド人に理由を聞いたら、「ハロー」に当たるヒンディー語がないからだという。

 

 

インド人の友人に「なんで『ハロー』と言うのか?」を聞いたら、それはイギリスの植民地支配の影響だという。

この時代のことは、「イギリスのインド植民地支配」を見てください。

 

「電話はインド人が発明したものじゃなくて、イギリス人がインドに持ちこんだ物だから。イギリス人が電話に出るときに『ハロー』と言っているのを見て、インド人もそのまま『ハロー』という言葉を使うようになったんだよ」

そのインド人はこんなことを話していた。

インドでは、電話という文明の利器は「ハロー」という言葉とセットになって、イギリス人によってもたらされた。
イギリス人の電話の使い方がそのままインド人の電話の使い方になって、電話に出るときには「ハロー」と言うようになったという。

話としては自然だし、そうなんだと思う。

 

歴史をひもとけば、インドはイギリスに植民地支配されていた。
そのときの影響は、インドを旅行すればいろいろなところで見ることができる。
インドの鉄道がそうだし、下のインド門もそう。

でも、「電話の出方」なんていう身近なところにまで、植民地支配の影響があると思わなかった。

 

植民地時代、このインド門を通ってイギリス人がインドに入って来た。

 

 

インドの少数民族の家。
ここでは、イギリスの植民地支配の影響は見られなかった。

 

「インドでは、そういうことなんだって」
と、イギリス人の友人に話したことがある。

「へえ」というだけで、彼女の反応はうすい。

イギリス人はインドを植民地支配していたことについて、罪悪感は感じていはいない(ようにしか見えない)。

「19世紀のイギリスなんて、世界中で悪いことをしていたから」なんてあっけらかんに言う。
まあ、インドもイギリスに対して、植民地支配の反省や謝罪なんて求めていないけど。

 

そのとき、イギリス人から逆に質問されたのがこれ。

「なんで日本人は電話に出るとき、『もしもし』って言うの?『もしもし』ってどんな意味?」

「もしもしの由来」なんて考えたこともなかった。
外国人といっしょにいると、日本について「当たり前すぎて考えたこともなかったこと」をよく聞かれる。

おかげで日本の理解を深めることはできる。

 

「もしもし」を調べたら、「申し申し」を短くした言葉だった。
江戸時代には「申し」だけで使われていた。
それが明治時代に、電話で「もしもし」と言うようになる。

電話の呼びかけに「もしもし」が使われるようになったのは、電話交換機手が中継ぎをしていた為、繋ぐ相手に失礼とならぬよう「申し上げます」と言ったことによる。

「語源由来辞典」

 

ということらしい。
ちなみに日本で初めて電話がつながったのは1890年で、東京と横浜の区間だった。

 

インドのポスト

日本で郵便が登場したのは、明治5年(1872年)のころ。
そのころは、東京で出した書状が大阪に届くまでに3日と6時間かかったという。

「郵便」の「便」の字を見て、トイレだとかん違いした日本人もいた。
くわしくは下の記事を。

明治の文明開化!イルミネーション、郵便(前島密)、電線の始まり

 

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