ボクがブログを書くのは、あなたの「発掘作業」のお手伝いをするため。


 

子どもは、珍しいものに興味がありますね。まさに、「興味津々」といった目が印象的です。

 

アメリカや世界史が好きな人なら、この次の言葉を見れば、それを言った人物が分かるだろう。
「I have a dream(私には、夢がある)」
もちろん、キング牧師だ。

 

「キング牧師」
「1929~68 アメリカ黒人解放運動の指導者。南部キリスト教指導者会議を結成し、非暴力主義を掲げて黒人の公民権運動を指導した。1963年8月、公民権運動を訴えるワシントン大行進で演説をおこない、アメリカ独立宣言にいたわれた『平等』の完全な実現を訴えた。64年にノーベル平和賞を受賞(世界史用語集)」

 

この運動の基本的な考えである「非暴力主義」は、ガンディー主義に通じるものがある。


少し話はそれるが、インドでは、ガンディーと同じくイギリスからのインド独立という目標をもちながらもガンディーとは違ってイギリスと戦うことを主張したチャンドラボースという人物がいたことを紹介した。

 

「インドでガンディーって尊敬されてるよね?」「チャンドラ・ボースだな」「え?日本と一緒に戦ったあのインド人?」

 

 このとき、アメリカでも、キング牧師と同じく黒人の権利獲得を目標としながらも、キング牧師とは反対に白人を敵に回しながらその目的を達成しようとした指導者がいた。「マルコムX」という人で、名前の「X(エックス)」を含めて興味深い人物だ。

 

「マルコムX」
「非暴力的で融和的な指導者だったキング牧師らとは対照的に、アメリカで最も著名で攻撃的な黒人解放指導者として知られている(ウィキペディア)」

 

先ほどの記述にあった「公民権運動を訴えるワシントン大行進で演説をおこない」の演説が、冒頭の言葉「I have a dream」から始まっている。これは、もう、アメリカの歴史にとどまらず、世界史に残る演説だ。

 

このブログを書くにあたって、ボクにも、「夢」とはまでいかないけれど、それなりの「思い」はある。

ブログは誰かに読んでもらうことを前提にしているのだから、ブログを書く人なら誰でも、自分なりの思いをもっているはずだ。

いろいろなブログを読むと、「そのブログがどういった内容で、どんな目的で書いているか」といったことを明記しているのに気づく。

 

そんな丁寧なブログ紹介を読んでいると、自分もブログのプロフィールとは別に、どんな目的や思いでこのブログを書いているのかを、読んでくれている人に伝えた方が良いと思うようになった。

 

前回、調子に乗って「オレの旅論」を熱く語ってほおを赤くしてしまったついでに、今回は、このブログについても、ちょっと書きたい。

 前までの記事で、「海外での一人旅が、ボクに「これでもか!」と刺激を与えてくれて、それがきっかけとなって自分や人生が変わった」ということを書いてきた。

 

自分としては、このブログをとおして、旅がボクにしてくれたことと同じことを、ブログの読者にしていきたいと思っている。

読んでくれている人に、何かの刺激やきっかけを提供できたらいいなあ、と思いながらキーボードをたたいている。

 

そのためにも、ブログの内容は、基本的に中学レベルの歴史をベースにすることにした。
ただ、中には、明らかに中学レベルの歴史を越えていて、読みづらい記事もあったと思うけど。

 

「ネヴィル=チェンバレンの宥和政策」などは、この文字を見て「ああ、あのことね」と、その内容が思い浮かぶ中学生は日本にいないだろう。いたらいたで、日本の未来は明るく、ボクとしてもとてもうれしい。

 

「私は、平和を求めます」の結果、第二次世界大戦へ~チャーチルとチェンバレンの宥和政策~

 

 さらには、「徒然草を紹介したい」という思いが強すぎて、半ば強引に記事に引用してしまい、今思えば「何じゃこりゃ」となってしまった記事もある。

 

カンボジアで「徒然草」~ポル・ポト政権下のカンボジア人④~
誰でも、中学時代に英語や歴史を習ったはずで、「もう、そんなこと忘れた」というつもりでいても、そのときの知識は、案外、自分の中に眠っている。
「使わぬ宝は、ないと同じ」で、知識があってもそのまま自分の中にしまっていては、ないと同じ状態になってしまう。
せっかく中学生のときに苦労して覚えた知識なのだから、もう一度、呼び起こして使った方が絶対に良い。
それをこのブログでねらっている。
「あ、この名前とか出来事はどこかで聞いたことある」という記事を書いて、読者の記憶の中に埋(うず)もれていた知識を掘り起こす手伝いをしたい。
このよみがえった知識はいろいろな場面で活用できる。
「旅行に行く」「テレビ番組を見る」「誰かと話す」といったときに応用可能だ。
自分の経験から言わせてもらうと、特に、英語で外国人と話すときに、中学レベルの英語と歴史の知識はかなり有効だ。

 

そうした誰もがもっているけれど「使わぬ宝」を、このブログで掘り起こすことできるかもしれない。
今までこのブログで書いてきたことを読んで、眠っている知識が呼び起こされるかもしれない。
例えば、「ガンディー」や「明治維新」といった言葉を見れば、中学時代に習ったことを何となくでも思い出すだろう。
「暴力のすすめ」 by  ガンディー
 日本人にとって、京都の寺や奈良の仏像よりも大切なもの⑥「新しい価値観や見方との出会い方」
記憶によみがえったら、その人の生活がちょっと変わるかもしれない。
前の記事でも書いたけれど、ボクは、人生は突然大きく変わるのではなく、小さなことの積み重ねで少しずつ、確実に変えていくものだと思っている。
このブログを読むことで、読者の記憶の底に眠っている中学時代の知識を、ちょっとでも呼び覚ますことになるかもしれない。
その「発掘作業」のお手伝いができれたらいいなあ、と考えている。

「おまえのブログは、内容が固いんだよ」「漢字が多いし、表現も古いんだ」と周りに言われようと、この基本的な考えにブレはない。
「分かる人にだけ分かればいい」と思って書いているから、このブログへのアクセスが少なくても気にしない。もちろん、アクセスが増えて困るということはない。正直に言います、アクセスが増えたら、すごくうれしいです。

 

そんなことはどうでもいい。
これまでのブログでは、昔聞いたことがある人物や出来事だけではなく、いろいろなものの見方も紹介してきた(つもりでいる)。
ということで、どういう意図で今までの記事を書いていたか、少し書かせてほしい。
これは、読者を過去記事に誘導させてアクセスアップをねらっているわけではない。もちろん、過去記事を読んでもらって困ることはない。正直に言いま・・、とかいうのはもういいですね。
続きは、次回に書きます。