証人喚問の籠池氏と中国の伝説的な暗殺者「荊軻」の覚悟


 

「籠池氏は堂々としていた」

朝日新聞(2017年3月24日)は、証人喚問での籠池(かごいけ)氏をそう表現している。

「籠池氏は堂々」政権に焦り 想定外の攻防にじむ危機感

テレビを見ていたボクもおなじことを感じた。
日本全国に生中継されている。
ウソをついたら逮捕される。

そんななか、国会で落ち着いて力のある声で話をしていた。
これは本当にすごいと思った。

過去の証人喚問では、緊張のあまり手がふるえて署名ができなかった人もいる。

 

この人が話した内容が正しいかどうかはわからない。
それは別として、籠池氏の腹のすわりかたは見ていて「さすが!」と感心した。

はらがすわる【腹が据わる】

物事に動じない。度胸がある。

大辞林 第三版の解説

 

 

そんな籠池氏の堂々した様子を見ていて、中国の伝説的な暗殺者である「荊軻(けいか)」という人が思いうかんだ。

前回の記事で「史記」のことを書いたから、史記の「刺客伝」にでてくる荊軻を連想したのだと思う。
「史記」は、前漢の時代に司馬遷(しばせん)が書いた中国の歴史書のこと。
マンガのキングダムでもおなじみ。

 

個人的に、史記の刺客伝にでてくる荊軻(けいか)という人物がとても印象に残っている。

荊軻は中国の歴史上、もっとも有名な刺客(暗殺者)のひとり。
秦(しん)という国の王だった政(せい)を刺殺そうとしたけど、失敗してしまう。
この政が後の始皇帝になる。

 

籠池氏のまったく動じない姿から、荊軻の覚悟に似たものを感じた。

これから、この荊軻という人について書いていきたい。
一般常識としてもおぼえておいていい人だから。

 

 

 

荊軻(けいか)は、中国の戦国時代(前403年~前221年まで。)の人。
衛(せい)というところで生まれた。

 

下は紀元前500年ごろの中国の地図。
荊軻が生きていた時代ではないけれど、燕・衛・秦の位置はだいたい同じ。

地図は、春秋諸国版図地図から

 

「秦の王である政を殺してほしい」

荊軻はあるとき、燕(えん)の丹(たん)という人物からそう頼まれる。

丹は政(せい)を深く憎んでいた。
でも秦王政を暗殺しようと考えたのは、そんな個人的な恨みだけではなかった。

この時代の秦はあまりに強大な国で、このままではいずれ燕も秦に滅ぼされしまう。
そう考えた丹は、燕の滅亡をふせぐためにも政をこの世から消しておきかった。

「わかりました」と、政の暗殺を頼まれた荊軻(けいか)は、それを承諾(しょうだく)する。

 

 

荊軻(けいか)はこのとき、この依頼をよく受けたものだと思う。

秦の国王である政を暗殺する。
これがどれだけ難しいことなのか?
ボクにはもう、まったく想像ができない。

 

日本でとても有名な暗殺者としてゴルゴ13がいる。
ゴルゴ13は遠く離れたところから、銃で相手を射殺する。

でも、荊軻が生きていた時代には銃なんてものはない。
政を暗殺するには、まず政に直接会わないといけない。

でも用心深い政が、荊軻という正体不明の人物と会ってくれるはずがない。

荊軻は、政のほうから自分に会いたくなる方法を考えた。

 

 

どうったら、政は自分に会ってくれるか?

そう考えた荊軻は、樊於期(はんおき)という人物の首を政にさし出すことを思いつく。

樊於期とは、もともと秦の将軍だった人。
彼が秦にいたころ、政の怒りをかって一族を処刑されてしまい、樊於期は燕へと逃げていった。

政はこの樊於期を憎んでいる。
だから荊軻は思った。

「荊軻が樊於期の首を持っていけば、政はきっと自分と会ってくれるだろう」

でも、そのためには樊於期(はんおき)を殺さないといけない。
荊軻は樊於期に会って頼んだ。

「私はこれから秦王の政を殺しにいく。政が私に会ってくれるためには、あなたの首が必要なんです」

荊軻はそんなことを樊於期に言う。

 

 

「政を殺すためには、あなたの首がほしい」

そう言い出した荊軻に対して、樊於期(はんおき)は「わかりました」とその提案を受け入れる。

そして樊於期は、自分の首を荊軻にさし出すために自分で首を斬り落としてしまう。
政に一族を殺された樊於期も政に対する深い恨みがあった。
「政を暗殺することができるのなら」と、自分の命を荊軻にさし出す。

これがこの時代の中国人なんだろうと思う。

 

荊軻は樊於期の首をもって、政を殺すために秦へとむかう。

このとき荊軻は、政へのプレゼントとして燕の督亢(とくこう)という場所の地図も持っていた。
この地図がどんなものかまでは、ここでは書きません。
興味があったら、調べてみてください。

 

 

秦の国王・政は、荊軻(けいか)が地図と樊於期の首をもってきたと聞いてとてもよろこんだ。

そして、荊軻と会うことにする。
それが紀元前227年のこと。

政に前に出てきた荊軻は、「これがその地図です」と燕の督亢(とくこう)の地図をさし出す。
荊軻が政の前でその地図を広げると、その中から匕首(あいくち)という刃物が出てきた。

荊軻はその匕首をつかむと、政にとびかかる。
政を刺殺そうとしたけれど、それは失敗してしまった。
政は袖(そで)がちぎれただけで、かろうじて命は助かった。

 

左にいる政を殺そうと、荊軻(けいか)がおそいかかっている。
中央の下にある箱には、樊於期(はんおき)の首が入っている。
画像はウィキペディアから。

 

暗殺に失敗した荊軻は、その場で斬り殺された。

自分の命をねらったのが燕の丹(たん)であることを知った政は激怒し、燕に軍をおくって完全に滅ぼしてしまう。

 

 

史記のなかでも、荊軻が政を暗殺するために出かける場面はとくに有名。

政に直接会って殺す以上、荊軻もまちがいなく殺される。

荊軻の見送りをした人たちはそのことを知っていた。
だから、みんな喪服とされる白装束を身をつつんで荊軻を見送ったという。

このとき、荊軻はこんな言葉を残している。

「風蕭々(しょうしょう)として易水寒し。壮士ひとたび去って復(ま)た還(かえ)らず

風蕭蕭兮易水寒 壮士一去兮不復還 」

 

壮士(そうし)とは、政を暗殺しようとする自分のこと。
それを決意して出かける以上、もうここへ生きて戻って来ることはない。

この言葉からは、荊軻のそんな決死の覚悟がうかがえる。

この後、荊軻は後ろをふり向くことなく地図と樊於期の首をもって秦へと向かった。

 

 

証人喚問での籠池氏の堂々としたすがたを見て、ふと荊軻が頭にうかんだ。

日本中が見守っているなかで、本当に落ち着いてしゃべっている。

荊軻は秦王の命をねらっていた。
籠池理事長は安倍首相(政権)をねらっていた。

「昭恵夫人から100万円渡された」という爆弾言葉からもそれがわかる。
じっさいあの発言は安倍首相にかなりのダメージを与えている。

 

この人は国会に出むく前に、覚悟を決めていたのだろう。

「壮士ひとたび去って復(ま)た還(かえ)らず」

こんな決死の思いで、証人喚問にのぞんだのではないかと思う。

 

 

くり返し書くけど、この人が言っていることが真実かどうかはまったくわからない。

ただ、あそこまで動じない日本人なんて何人いるうんだろう?
そのすがたから、中国の荊軻が思いうかんだ。

 

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