インド人が見た日本⑤外国に比べて、英語が苦手な理由は?


 

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確かに、ボクも雪の京都は大好きです!
めっちゃくちゃ寒いけど。

サーチナの記事(2017-01-17)から。

中国メディア・今日頭条は16日、「京都に雪が降った 日本に10回行ったことがあってもこんなに美しい景色を見たことはない」とする記事を掲載した。

記事は「京都の雪はこれほどまでに人ひとを心酔させる」としたうえで、雪化粧をした京都の寺社や観光スポットの画像を紹介した。

記事が紹介したのは金閣寺、嵯峨野の竹林、伏見稲荷大社、清水寺。いずれも普段から趣のある風景を楽しむことができるが、雪をまとった姿はまた普段とは違った様子であり、ため息が出るほど美しい。

嵯峨野の竹林については雪によって幽玄さ、静けさが一段と増しているとし、雪の伏見稲荷大社は「紅白の世界になる」と説明している。

何度も日本に行ったが、雪の京都がこんなに美しいなんて知らなかった=中国メディア

 

今日本と韓国は、慰安婦像をめぐってトラブルをかかえている。

でもここ数年中国とは、反日感情を原因とする大きな問題はない。
前は日本企業が焼きうちにあったり、日本領事館に大量の卵が投げこまれたりしたけど。

国民感情をコントロールできる国はここがちがう。
中国では、市民感情が爆発しても、いざとなったら戦車でおさえ込んでしまうから。

韓国では、政府も警察も国民感情にはかなわない。
「民が主(あるじ)の民主主義の国だから」なのかもしれないけど、民が暴君になったら誰も止められなくなってしまう。

 

「日本人は、英語が話せない人が多いですね」

友人のインド人がそう言ったことから、日本人が苦手な理由について書いてる。

前回書いたのは、「明治政府が、英語を日本の公用語にしなかったから」ってこと。
英語が日本の公用語になっていたら、今の日本人はシンガポール人なみに英語が話せていたかもよ?

 

友人のインド人と話をしていて、日本人が英語を苦手とする理由が他にもあった。そもそも、日本語には英語が少ないから。

今回は、そのことについて書いていきたいと思う。

 

明治の日本は英語の公用語化も、英語をそのまま日本語に取り入れることもしなかった。
そうではなくて、英語の言葉を次つぎと新しい日本語にしていった。

ちなみに、今の日本は英語をそのまま日本語に取り入れている。
ハンバーガー、ボール、レストランといった英語を、日本語にしないでそのままの発音と意味でカタカナにして使っている。

明治の日本は、こういうやり方をしなかった。
これも、今の日本人が英語を苦手とする理由につながると思う。

 

バンコク(タイ)の百貨店

 

明治時代、日本人は外来語を次つぎと日本語にしていく。

このとき日本語にした外来語は、本当にたっくさんある。
「漢字と日本人 高島俊男」という本を見ると、ざっとこんな感じ。

政府、政治、裁判、建築、交通、公務員、選挙、会社、銀行、不動産、機械、経理、道路、鉄道、自動車、自転車、運動、体育、体操、陸上、野球・・・。

 

これらはすべて、明治時代に英語を日本語に訳した言葉。
明治時代は、英語をカタカナにして日本語にしてしまうということが本当に少なかったと思う。

 

だから逆に言えば、これらの言葉を日本語にしないで英語のままで取り入れていたら、今の日本語のなかには英語がかなりたくさんあったはず。

その代わり、「今の日本のガバメント(政府)は、ポリティクス(政治)がダメだよなあ」なんて、ルー大柴さんのような日本語になってしまうけど。

 

でも英語をそのままの発音と意味で取り入れていたら、そのぶん日本人も英語の苦手感は少なくなっていたはず。

英単語を覚える手間がそれだけ減るということだから。
個人的に、英単語を覚えるのは拷問だった。

ムンバイにある有名な「インド門」。
ウィキペディアには、「インド門はムンバイのタージ・マハルとも称され、市内で一番の観光地である」と書いてある。

インド門は、インドを支配していたイギリスの国王を迎えるために建てられた。

この建物は、ジョージ5世とメアリー王妃が1911年に訪れたとき、アポロ・バンダルに上陸したことを記念して建立された

(ウィキペディア)

韓国にこんな建物があったら、間違いなく日程残滓(にっていざんし)になってますわ。

 

 

前にバングラデシュを旅行したことがある。

そのとき、バングラデシュには英語を話せる人が多くて驚いた。

ちなみにバングラデシュの言葉はベンガル語。

ベンガルご【ベンガル語 Bengali】

ベンガル人自身はバングラ・バシャBānglā‐bhāṣāといい,現在バングラデシュ

世界大百科事典 第2版の解説

 

日本でベンガル語の第一人者といえば、タレントのローラさんだろう。

バングラデシュの公用語であるベンガル語と英語、日本語が話せるが、本人は「ベンガル語は7年くらいしゃべってないから忘れちゃった」「英語は発音程度はできるけど、必要なので今、勉強している」とコメントしている。

【ローラ】「ホントは黒髪、これは色を入れてるの」英語も話せる。

 

動画は、「douga omoro」から。

 

 

おっと、話がそれた。

「なんでバングラデシュ人は英語を話せるんですか?」

列車で会ったバングラデシュ人に聞くと、彼はこんなことを言う。

「バングラデシュは、昔イギリスの植民地だったからな。だから、ベンガル語のなかには英語がたくさんあるんだよ」

そういえばバングラデシュ人のガイドは、電話に出るときに「ハロー?」と言っていた。
「もしもし」に相当するベンガル語がないという。

ベンガル語のなかには、「ガバメント(政府)」や「バンク(銀行)」といった英単語がたくさんあるらしい。

 

バングラデシュの英語事情は、前に書いたインドとほぼ同じ。

下の文は外務省のホームページから。

実はインドやバングラデシュでは英語を話すことが教養ある人物の基本的な素養と見なされているので、政府関係者などはむしろ英語を使います。

大学でも、専門科目は英語で教えることが多いですから。特にインドでは中流以上の家庭などでは、子どもを英語で授業を行う学校に入れる傾向が強いですね。なので仕事の面では英語をちゃんと使えることの方が重要です。

ベンガル語の専門家 河野さん

 

バングラデシュ人のガイドさんから聞いた話では、「ベンガル語の中から英語をぬいてしまったら、会話に困ってしまうよ」という。

バングラデシュやインドでは、「英語を話すことが教養ある人物の基本的な素養と見なされている」となっている。

政治や経済なんかの話は、ベンガル語よりも英語のほうが話しやすいこともその理由の1つだと思う。

 

 

こうしたインドやバングラデシュの言葉事情と比べると、日本語には英語が本当に少ないらしい。

そのことに驚くアメリカ人やイギリス人もいる。

日本を訪れた英米人が驚くことの一つに、日本人の会話を何十分間聞いても、耳で聞いてわかる単語を一つも拾えない、ということがあります。

英語を母語とする彼らは、世界のどこへ行っても、現地の人が何を話題にしているかくらいはわかる。
アフリカでも南米でも、現地の会話のなかに「デモクラシー」とか「エコノミー」という単語が混じれば、民主主義とか経済のことを話しているのだな、と察せられる。

ところが、日本を含むアジアの漢字語圏では、ミンシュシュギとかケーザイとか、英語の原語と全くかけ離れた発音の語を使う。それは、英米人の耳にショックを与えるのだそうです。

日本では、幼稚園から大学院まで、すべて日本語で教育を受けられる。この事実も、外国人を驚かせます。アジア・アフリカには、高等教育は現地語でなく英語やフランス語で行なう、という国が、いまも珍しくありません。

(「NHK歴史に好奇心 日中二千年 漢字のつきあい」 加藤徹)

 

ということで、日本人が英語を話せない理由はなにか?

明治時代に、日本人が英語をどんどん日本語にしてしまったから。
これがその1つにあるはず。

 

*これはただの雑学

「簿記」という言葉も、「bookkeeping」という英語を日本語にしたもの。
これは耳で聞いた音を漢字であらわした「音訳」というもの。

「ブックキーピング」→「ブッキーピン」→「ボキ」で「簿記」という漢字をあてたと思う。
レモネードが「ラムネ」になったみたいな。

 

 

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