日本とタイ(東南アジア)の仏教の違い① 飲酒・肉食・喜捨(タンブン)


 

始めの二言

「日本という国全体が、生活に役立つ植物と美しい装飾用植物で満ちた庭園である」
「その多様性と美しさにおいて、世界の他の国々に例を見ないほどである
(シーボルト 江戸時代)」「日本賛辞の至言33撰 ごま書房」

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今回の内容

・飲酒
・肉食
・お布施と喜捨

 

タイ人が日本にやってきて驚くことは、タイと日本との仏教(お坊さん)の違い。
友人のタイ人が「タイなら絶対ないですよ!」と怒りながら話していたことがあった。

 

彼が新幹線で東京まで行こうとして、待合室にいたところ、袈裟(けさ)を着た1人のお坊さんが雑誌を読んでいるのを見た。
タイ人の彼が驚いたのは、その雑誌の表紙。
水着姿のアイドルが天使の笑みを浮かべていたという。

 

「タイなら、大問題ですよ。鉄道の駅でお坊さんがあんな雑誌を見ていたら、みんな怒ります。あのお坊さんは、お坊さんをやめさせられますよ」

タイなら、そうなんだろうなあ。
まあ、日本でも良いだとは思わないけど。

 

 

そんなことから、彼とタイと日本の仏教(お坊さん)の違いの話になった。
ということで、今回は、彼の話と「ぼうず丸もうけのカラクリ(ダイアモンド社)」を参考にしながら、日本とタイの仏教(お坊さん)の違いについて書いていきたい。

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・お酒

日本のお坊さんは、もちろんOK。

「泥酔した姿」をお釈迦さまが見たらびっくりするでしょうけど、「一緒にお酒を飲んで話を聞いてくれるお坊さんがいい!」と檀家さんから支持されているのも日本の現実
(ぼうず丸もうけのカラクリダイアモンド社)

 

ということで、「つき合い」で飲んでいるらしい。
つき合いだけじゃなくて、酒が大好きなお坊さんもいると思うけど。
日本人もこれを問題視することはない。

 

東京には、「坊主バー」というものがある。
こんなコンセプトのバーらしい。

「現役の僧侶と楽しく過ごす 僧侶の法話を聴く 人生を語り合う そんなBARです」

これも、さっきの本の内容と考え方が似ている。

お酒を飲んで、お互い腹をわって何でも話すということが、日本の仏教では必要なんだろう。
これも、日本のお坊さんは、「人びとの近くにいることが大事」と考えているということだと思う。

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明治時代、シドモアというアメリカ人の女性が日本を訪れている。
シドモアの紀行文には、当時の清水寺がこうある。

 

寺院境内の立て場は、宴会客や大酒飲みの客で込み合い、果物屋には切り売りの西瓜が山と積まれ、さらに清水寺の舞台を描いた扇子が両脇で売られています
(シドモア日本紀行 講談社学術文庫)

 

明治時代には、清水寺という日本を代表するお寺の中に「大酒飲み」がいたらしい。
今の日本では、さすがに清水寺で大酒飲みはありえない。
その分、「進歩」したのかもしれない。

 

タイのお坊さんは、飲酒は厳禁。
一般のタイ人とお坊さんがビールを飲むことはあり得ない。
お坊さんを飲みに誘うタイ人も考えられない。
お酒が大好きなタイ人でも、お寺の中で酒を飲むことも、そんな発想もしないはず。

坊主バーなんて開いたら、「ほほ笑みの国」のタイ人も絶対に許さないだろう。

 

・肉食

日本のお坊さんは、お肉を食べることができる。
でも、京都で、「仏教と肉食」が問題になったことがある。

 

京都の仁和寺では、サクラが咲いて多くの人が集まる春に、境内の茶店が「すき焼き」を提供していた。
でも、2011年、これが「殺生を禁止する仏教のお寺の中で、すき焼きを食べることはけしからん」と問題になったと京都新聞の記事にある。

 

「御室桜の仁和寺、夜桜のすき焼きは禁止に 2011年02月28日 京都 」

 

国の名勝、御室桜で知られる仁和寺(京都市右京区)で毎年春、夜桜のそばで招待客らにすき焼きを提供していた茶店が今春以降は取りやめになることが28日までに分かった。

「世界遺産の寺の真ん中で肉を食べるのは宗教的な尊厳を守る上で好ましくない」との理由だが、長年、茶店を運営してきた門前の業者は「なぜ今唐突に」と困惑している。

 

これも、タイでは起こることない問題だ。
タイのお坊さんは、肉を食べることができない。
お寺の中で、タイスキを食べようとするタイ人もいないはず。
これは、タイ人気質のマイペンライ(大丈夫・問題ない)ではすまない。

 

ここまで読んできて、「何で日本の仏教では、飲酒や肉食がOKなのか?」
と疑問をもった人もいると思う。
それには、こんなワケがるらしい。

 

日本や中国に伝わった大乗仏教では、僧侶は信仰心が厚いのだから、戒律は自然に守られるという考え方に立脚しています。
その結果、とくに日本では僧侶も飲酒、肉食、妻帯もよいこととされて、何か悪いことをすれば、僧侶であれ誰であれ、自業自得としてバチがあたるからそれでよいのだという考え方なのです。(仏教108の謎 田代尚嗣)

 

・お布施と喜捨

 

タイの仏教と似ていると思ったのが、このお布施。

「いただいた「お布施」はいったん「お寺」へと入ります。お布施がお寺の通帳に入ったあと、僕たちはお寺から給料をもらっています。(ぼうず丸もうけのカラクリ ダイアモンド社)」

 

「一度お寺に集められた後、それぞれのお坊さんに配られる」という点では、タイ仏教の喜捨(きしゃ)も同じ。

喜捨
「進んで寺社、そうや貧者に金品を寄付すること(大辞泉)」

タイに行った人なら、朝、鉢(はち)を持ったお坊さんを見たことがあるんじゃないかな?

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一般のタイ人が、その鉢に食べ物やお菓子などを入れる。
タイ人にとっては、お坊さんに食べ物を「お渡し」することで、「良い行い」をすることができる。
タイの社会では、そのことで、徳を積むことになり、良い来世を迎えることができるという考えがある。

 

これをタイ語で「タンブン(功徳)」という。
このタンブンは、タイ社会の常識やタイ人の基本的な発想になっている。
タクシードライバーが信号待ちで、お寺に向かって手を合わせるのも、このタンブンの発想にもとづいている。

 

タイ仏教の喜捨では、集めた物をお寺にもって帰って、一度中身を集める。
そこから、それぞれのお坊さんに配るという。
さらに、あまった食べ物は、お寺にいる猫や犬に与えるらしい。
タイ人の友人の話で、タイのお寺に行ったときに、やたらと犬や猫がたくさんいる理由が分かった。

 

さっき、タイの仏教では肉食はダメ、と書いたけど、絶対にダメということはないらしい。
托鉢で、鉢に入れてもらった食べ物に肉があった場合は、その肉を食べてもいいという。

 

ちょっと話はそれるけど、最近、タイの仏教界で問題になっているのが、タイ人僧侶のメタボ化。
最近は、高カロリーの食べ物を喜捨することが増えているらしい。
下は、それを報じたニューズウィークの記事。

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日本にも、タイにも、いろいろな問題があるみたい。

続く。

 

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