「質より量」を続ければ、量が質に変わる。仕事でも勉強でも!


ネットで「手段の目的化」を検索すると、そのために起きた失敗例がほとんどで、良い意味で使われていることがあまりない。
でも、で~も、ブログについてなら、いいこともある。
前の記事でこんなことを書いた。
ブログの記事を書くことが目的になってしまうと、内容や伝えたいメッセージが薄くなって残念な記事や文になってしまうことがある。

でも、これは、記事を読んでいる側は「残念」なことだけど、記事を書いている側には、メリットはある。

当たり前だけど、「一日に記事を2本書いて投稿する」と決めて続けると、記事の質が上がる。
書けば書くほど、自分なりに書き方やコツが分かってくる。どんな記事がたくさんの人に読まれるかの傾向もつかめてくる。

 

「質より量だ!」と、とにかく書き続けていると、文章の分かりやすくなったり、面白くなったりする。
「質より量!」だったのが、ある程度の量をこなすと、質に変わる。
人生には、そんな瞬間ってある。
がんばって続けていると、あるんです。
学生時代の勉強でも、社会人になってからの仕事でも、「量が質になる瞬間」というものが。

 

「した。した。した」という、行動だけを書いたブログ記事だと、書いている方も面白くない。
でも、「一日に記事を○本書いて投稿する」と決めていたら、書くしかない。
「こんな記事は読まれないだろうなあ」と、冷や冷やして思って書いていることもあると思う。
読まれない記事を書かないように、何とかメッセージ性をもった記事を書くようにすると、毎日の視点が変わってくる。

 

「何か記事になるような面白いことや役立つことがないかあ」と、日々の生活をいろんな視点で見ようとしたり、深く考えたりするようになる。
そのことで、「これって当たり前のことだと思っていたけど、実はすごいことなんじゃないか?」といった発見もある。

ボクの場合、ブログ記事のネタ探しに外国人に話を聞くことがある。
最近は、タイ人から日本とタイの違いを聞いた。
そのタイ人は、街で食べ歩きをしていたという。
そのとき、食べていた物がいらなくなったから、それを道端に置いてしまったらしい。それを見た日本人は、当然驚く。

「何してるの?食べ残しを道の置くなんてありえない!」と、その人から怒られたという。

そりゃそうだろう。
で、これが、そのタイ人の弁解の言葉。

「私が、びっくりしました。タイでは、食べ残しは道に置いてもいいです。野良猫や野良犬がそれを食べますから。これは、いけないことではなくて、良いことです」

 

これは、日本の社会のマナーからするとNGだけど、仏教の考え方からすると「良いこと」なのかもしれない。
これは、彼以外のタイ人からは聞いたことはないから、これがタイで広く行われているかは分からない。

でも、ブログを書くメッセージやネタはないかな?と思って周りを見ていたり、いろんな話を聞いたりしていくと、思わぬ発見はある。

 

 

「とにかくブログを書く!」と決めてメッセージやネタや探す能力が上がったり、文を書く力が上がったりするメリットはある。
ブログだけじゃないけど、「質より量」を続けていると、あるとき「量が質」になる。

「じゃ、おまえはどうなんだ?」
と、言われると、正直、「うっ!」とな言葉がつまる。
ボクの場合、「昔より、今の記事が面白くなった」なんて大それたことは言えないけど、今から昔の記事を読み返すと、「読みづらい文だな!」「つまらない記事だな!」とは思う。そう思うのは、それだけ成長していることだと思う。
今の記事の質がどれだけのものかは分からないけど、前に書いた記事よりは質がアップしている。
で、このブログは旅行ブログで今回の記事は、人生を語るためのものじゃない。
セントレア空港に着くまでの話を書きたかった。
実は、今まで書いた文章は、この文を書くために導入のようなもの。
でも、これが、びっくりするくらいのつまらない文になる。
こんな感じ。

 

「朝、スマホのアラームで起きた。顔を洗った。髪を整えた。靴をはいた。バックパックを持って玄関を出た。車に乗った。エンジンをかけて出発した。東名高速道路に乗った。時速80キロで走った。20分後にバス停についた。券売機でバスチケットを買った。2300円だった。バスに乗った。5時35分に出発した。1時間30分後にセントレア空港に着いた。バスを降りた」

 

どう?
メッセージもなければ、文に面白さもない。
「~した。~した。~した」という事実の羅列で、書いてはいけない文。
もう、読むことが苦行。

これで、「途中で交通事故を起して、海外旅行に行けなくなった」となれば、面白くなるかもしれない。

 

何で、こんなつまらない文を書いたのか?
「メッセージや内容はいいから、とにかく記事を書いて投稿しなきゃ」という手段を目的化してしまったわけじゃない。
実は、これが、メッセージになっているんです。

日本では、この自宅を出て空港に着くまでの流れは、当たり前のことだけど、ボクが行った国から考えると、奇跡なんです。ありえないような、奇跡の連続何です。

さっき書いたけど、視点を変えたら、見方も変わります。
日本の「なんでもない」は、外国では「とんでもない」になることがあるんです。

ということを、次回から書いていきたい。

 

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