朝鮮王朝時代の王宮・景福宮と日本には、歴史的なつながりがある。
16世紀、豊臣秀吉が朝鮮出兵をおこなった際、この王宮は消失してしまった。
それから時は流れ、1894年に日本軍が朝鮮王宮に突入し、国王(高宗)を拘束した。

今回はそのスピンオフで、日本が景福宮にしたことについて書いていく。
日本はそんなに「悪」なのか?
韓国側の見方:「日本による野蛮な文化破壊」
韓国社会において、統治時代(1910〜1945年)の日本はまさに「悪の権化」だ。
大日本帝国は完全悪だから、「でも、その時代に韓国の近代化が進められた」と好意的な評価をすると、世間の十字砲火を受けて謝罪に追い込まれてしまう。

その時代に日本がした「蛮行」のひとつに、朝鮮国王が住んでいた王宮「景福宮」の破壊がある。
現在の韓国では、日本が景福宮にあった多くの建物を取り壊したことを、「暴力的な行為」や「野蛮な文化破壊」としてかなり否定的に考えられている。
簡単に言えば、日本は恨まれている。
たとえば、下のハンギョレ新聞の記事では、「景福宮をはばかりなく壊した」「無残に破壊されていた」「惨状」といった言葉で日本の加害性を強調している(2021-07-13)。
【独自】朝鮮初期の景福宮を踏みつぶした日帝時代の博覧会跡が明らかに
戦後、韓国では王宮の復元作業を進めているが、まだ完成には至っていない。
聯合ニュース記事(2015.08.12)
日本に破壊された朝鮮王朝の正宮・景福宮 今なお復元中
統治時代、景福宮の敷地内には朝鮮総督府の大きな建物があり、そこを中心に日本の統治がおこなわれていた。
それについて、ある韓国人がSNSで「神聖な王宮に“悪魔の城”がつくられ、韓国人のアイデンティティが不当に踏みにじられた」と非難していたのを見たことがある。
これは韓国では一般的な歴史認識で、日本とは大きな温度差がある。
だから、日本人が韓国人と景福宮を見学していて、「建物が少ない気がする」と何気なく言ったところ、韓国人に「植民地時代に日本に破壊されたから」と言われて場が凍りつくこともある。


景福宮の敷地内に建てられた朝鮮総督府の建物
「日本と景福宮」にまつわるデマ
主権を奪われて王宮まで破壊されたら、韓国の人たちが日本を憎むのも仕方ないが、強い被害者感情から、日本を実際以上に悪者にする「デマ」を作ってはいけない。
これまで景福宮と日本の歴史について、さまざまな誤解を見たり聞いたりした。
その中から3つ紹介しよう。
デマ①:16世紀の朝鮮出兵で日本軍が燃やした
韓国旅行で景福宮を訪れたとき、現地の日本語ガイドが「豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、日本軍が景福宮を燃やした」と説明したのを聞いたが、それは事実ではない。
朝鮮時代の記録には、日本軍の侵攻をうけて王族は逃げ出し、朝鮮の民衆が王宮に火を放ったと書かれている。
デマ②:日本人が総督府から韓国の王族を見下ろしていた
「王宮内にあった総督府の建物から、日本人は王族を見下ろしていた」という意見をネットで見たことがあるが、そんなわけがない。
日本が韓国を併合する前から、すでに王族は景福宮に住んでいなかったのだから。
デマ③:日本が景福宮の文化財を略奪した
「日本が価値ある文化財の多くを奪った」という説もネットで見たり、実際に韓国人から聞いたことがあるけれど、これも根拠のないデマだ。
日本が王宮内の建物を取り壊し、その後、文化財が日本へ運ばれたことは事実。しかし、「略奪した」ということは確認されていない。
それについてはAIも、「『これは日本が略奪した』と一次史料で確定できる具体例は、提示されていません」と答えている。
「日本=悪」という前提から、「文化財も奪われたはず」と推測する人がいて、いつの間にか「事実」になってしまう。
もっとも、韓国側は日韓併合自体を「不法」と考えているから、その立場からすると、文化財を日本へ持ち運んだ行為は「略奪」になる。
3.日本はなぜ景福宮を破壊したのか?
日本が景福宮の建物を破壊した理由は、自分たちが新しい支配者であることを誇示したり、王族に屈辱を与えたり、韓民族の精気を奪ったりするのではなく、単に「巨額の維持費が必要になるから」だろう。
1910年の日韓併合がおこなわれたとき、景福宮には500棟の建物があり、部屋数は7000を超えたという。
※ソースは先ほどの聯合ニュースの記事。
韓国は2030年までに建物を379棟に増やす予定で、これは高宗時代の景福宮の75.8%にあたるという。
当時、大韓帝国最後の皇帝・純宗は「昌徳宮」に住んでいたから、景福宮には人がほとんどいなかっただろう。
皇帝のいた昌徳宮が「正宮」で、景福宮はそうではなかった。
実際には使われていなくても、「かつての王のものだから」という理由で、500もの建物を維持するわけにはいかない。
その負担は民衆に重くのしかかるのだから。
1915年、日本は景福宮の敷地で「始政五年記念朝鮮物産共進会」という大規模な博覧会を開催した。
ちなみに、その前から景福宮の所有権は日本へ移っていた。
この際、日本は勤政殿や慶会楼など「保存する価値がある」と判断した建築物は修復して展示館として活用した。
つまり、取り壊されたのは歴史的・建築的に「それほどの価値がなかったもの」だったから、無慈悲な言い方かもしれないが、「無駄を排除した」とも言える。
日本は大韓帝国の皇族に対し、威厳や名誉を保持することを認めただけでなく、そのために必要な資金の提供も約束した。
日本はちゃんとそれを実行したから、元皇族たちは何不自由ない生活を過ごすことができた。
海外では西洋諸国の植民地になった際、皇帝や王が処刑されたり外国へ連行されたりしたこともあった。
客観的に見れば、外国の支配下に置かれた国の中では、大韓帝国の皇族たちはかなり恵まれていただろう。
もともと景福宮にはいなかったし、以前と変わらず王宮に住むことが認められたから、韓国の元皇族は、景福宮の建物が壊されることをあまり気にしていなかったのではないか。
「野蛮な文化破壊」か「創造的破壊」か?
所有権は日本にあったのだから、使っていない建物を整理したり、敷地内で近代的な博覧会を開いたりすることは、統治する側の立場からすれば合理的な判断だった。
しかし、自国の象徴的な建物を日本に壊され、そこに自分たちを支配する建物を建てられたのだから、韓国の人たちが不快になる気持ちも理解できる。
「無残に破壊された」と日本を恨みに思うことも、仕方ないかもしれない。
しかし、民衆にとってはどうか。
元皇族の500軒もの建物を維持し、その負担を国民に押し付けることは「暴力的な行為」にならないか。
王家が国庫を私物化していた朝鮮時代にはそれができた。
「今なお復元中」であることからも、景福宮がとてつもなく大きな王宮だったことがわかる。
庶民にとっては自分たちの生活が第一だったから、自分たちの税金で保存することになったら、16世紀のように建物を燃やしてしまったかもしれない。
生活の苦しかった民衆にとってそれは最悪の選択で、アンケート調査をしたら、日本の行為を支持する人が多かったと思う。
日本が景福宮の建物を取り壊したことには「野蛮な文化破壊」とする見方がある一方で、時代が変わったことによる「創造的破壊だった」とする評価があってもいい。
韓国でそんなことを言うと、十字砲火を受けて謝罪に追い込まれてしまうけれど。

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