東西の言論弾圧:中国の焚書、ローマカトリックの禁書目録

 

アニメ『ドラえもん』の中でのび太くんが自分の意見を言うと、「おまえ、のび太のくせに生意気だぞー」とジャイアンが怒ってぶん殴るシーンがあった(と思った)。

ジャイアンほど単純で暴力的ではないとしても、「自分との違いは間違い。だから異論や反論は認めない」といった自己中心的な考え方をする人間は組織のリーダーなんかでたまにいる。
今回はそんな言論弾圧について書いていこう。

こういうわがままな支配者で世界史レベルの有名人となると、紀元前3世紀に初めて中国を統一した秦の始皇帝が思い浮かぶ。

「皇帝!儒者たちがあなたの統治体制を批判しています」という側近の李斯(りし)の進言をうけ、始皇帝は反対意見の一掃をきめる。
自分に批判的なことが書かれている本を燃やし、異を唱える儒者を坑(穴)に生き埋めにする、いわゆる焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)を断行した。

これにより、民間人が所持していた書経・詩経・諸子百家の書物は、ことごとく郡の郡守・郡尉に提出させ、焼き払うことが命じられた

焚書坑儒

 

支配者にとって都合の悪い本を燃やしてしまう「焚書」は20世紀でも行われた。

たとえば1970年代にチリを統治していたピノチェトは、自身にとって「好ましくない」と考えられた本をまとめて焼却する。

 

ドイツの詩人ハイネはこう言ったのだが。

「本を焼く国ではいつか人をも焼くようになる」

 

1974年にカトリックの聖職者らから、拷問をやめるよう暗に言われたピノチェトは「あんた方は、哀れみ深く情け深いという贅沢を自分に許すことができる。しかし、私は軍人だ。国家元首として、チリ国民全体に責任を負っている」と言い返した。

 

チリの軍人、政治家、独裁者、第30代大統領のアウグスト・ピノチェト(1915年 – 2006年)

 

1987年4月にチリを訪問したローマ法王ヨハネ・パウロ2世も、ピノチェトに向かって「あんたはただの独裁者だ」と批判した。

こんなことを言うカトリック教会もちょっと前までは、自分の考え方と違う意見を排除する独裁的なことをしていたのだ。

ではここでクエスチョン。
カトリック教会が作成したこの書物のリストを何というでしょう?

 

 

16世紀の宗教改革でキリスト教の別グループ・プロテスタントが登場して、それまでのヨーロッパにおけるカトリック一強の時代は終わりを迎えた。

自分たちの正統信仰とは違う考え方を持つ人間をカトリック教会は異端者と呼び、拷問や処刑を行っていた。
これをトンデモなく拡大解釈すると「おまえ、なまいきだぞ」と殴って異論を許さないジャイアンのようなもの。

とにかくこんな恐怖政治を敷いていた時代、ローマ教皇パウルス4世は教会の権威を示すために、信者の目に触れるべきではない書籍をリスト化した「禁書目録」を作成する。(それが上の本)

プロテスタントなどの異端者が書いた本はもちろんのこと、カトリックの信者が著した本でも、ローマカトリックの権威がゆらぐような内容があれば禁書目録に入れられた。
読んでいい聖書はローマカトリック公認のものだけだったから、翻訳版の聖書もNG。

禁書目録にリストアップされた書籍は反カトリック的、不道徳、政治的偏向、魔術書などと範囲はとても広い。地動説を唱えて、「それでも地球は回っている」と言ったというコペルニクスの本もカトリックの教えに反しているということで「禁書」となった。
ほかにもエラスムス、ヴォルテール、サルトルといったヨーロッパを代表する哲学者や思想家の本もバン。

この禁書目録がヨーロッパ人の近代思想にダメージを与えたことは知ってたけど、その影響は医学にも及んでいたというのは初耳だぜ。

Lapham’s Quarterlyの記事(SEPTEMBER 30, 2020)にはその一例として、この制限によってとても重要な医療行為が確認できなくなり、イタリアの医師が憤慨したという事例が載っている。

This community was the most bookish part of late Renaissance medical practice, and physicians resented the limitations that the Index imposed on the books and libraries so necessary for their profession.

Escaping the Index of Prohibited Books

秦の始皇帝の焚書でも、医薬に関する本は燃やされなかったというのに。

 

要するにローマカトリック教会は信者には、自分たち以外の考え方を知ることを徹底的に禁じたわけだ。
これは統治の自信のなさの裏返しでもある。
恐怖にかられた支配者が恐怖政治を敷くことは珍しくないだろう。

全ヨーロッパではなかったものの、カトリックの影響圏で禁書目録が与えた影響は大きかった。

東はポーランドから西はケベックまで出版物が盛んに流通する大都市を除けば、禁書目録に載っている本が見られることはあまりなかった。

禁書目録

 

信者から異論を知る機会を奪い、カトリックの教えだけを信じさせるうえで禁書目録は有能だったはず。
でも時代とともにその効力もなくなっていき、1966年に禁書目録は公式に廃止される。

やり方は違うけど、これも言論弾圧で目的は「焚書」と同じだ。
秦の始皇帝のような激しさはないとしても、ヨーロッパで禁書目録は16世紀~20世紀まで存在していたのだから、社会に与えた影響はこっちのほうが大きいだろう。

そんな禁書目録はいま日本のアニメで大活躍中。

 

 

 

禁書目録が擬人化されたようなキャラ、インデックスちゃん。

画像は公式ホームページから。

 

 

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7 件のコメント

  • >「自分との違いは間違い。だから異論や反論は認めない」といった自己中心的な考え方をする人間は組織のリーダーなんかでたまにいる。

    そんなこと言ったら、ユダヤ教も、キリスト教も、イスラム教も、世の中の一神教は全てそうですよ。
    本当に宗教の自由を認めているのは、日本の神道や、ギリシャ・ローマ神話などの「多神教」だけです。

    人間は、自分たち自身で正しい道を見出し教え諭すことは、できないのでしょうか? 神が必要なのですか?

  • ハインリヒ・ハイネ
    「本を燃やす連中は、いずれ人も燃やすようになる」

    実際にその通りになったわけで。

  • ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの一神教も一部の過激派を除けば違いを認めていますよ。

  • 最近じゃ韓国の親日発言に対する姿勢と同じような。そういう意味では「反日は宗教」なのかも

  • >ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの一神教も一部の過激派を除けば違いを認めていますよ。

    えー? それはないでしょう。ブログ主さんの言うところの「一部の過激派」とは何を意味しているのか? 分かりませんけれども。
    少なくとも、イスラム教徒に向かって「キリスト教の協会へ行ってお祈りせよ」と強制したなら、彼らは絶対に拒否しますよ。「違いを認める」とは、そういう行動を拒否しないことです。邪教には邪教の考え方がある。他の宗教信者に危害を加えるとかでない限り、他宗教信者の行動に自分の行動を合わせるのもよしとするべき。
    日本人の行動を見ていてそう思います。友人のイスラム教信者から、もしも「お祈りしてください」と言われたら、日本人だったら、別に拒否する人はいないでしょう。それだけ日本人は「宗教についての心が広い」ってことですよ。

  • 一神教の信者がすべてISやアルカイダのような過激派なら、世界はいまごろ大混乱しています。

    >イスラム教徒に向かって「キリスト教の協会へ行ってお祈りせよ」と強制したなら、彼らは絶対に拒否しますよ。「違いを認める」とは、そういう行動を拒否しないことです。
    強制ならわたしも拒否します。
    礼拝の強制が認められている国はないでしょうね。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。