カンボジアで「徒然草」~ポル・ポト政権下のカンボジア人④~


 

・「死は、急にやってきた」
ガイドのそんな言葉を聞いて、ふと、「徒然草」の言葉を思い出した。
兼好法師(吉田兼好)は、徒然草の中で「死は、前からではなく、後ろからやって来る」と書いている。


昔、学校で習ったはずの「徒然草」はどんなものかを、確認しておこう。

 

 「1331年頃の成立。243段。兼好法師が動乱期の人間と社会を深い洞察力で簡潔・自由な筆で描いた随筆集(日本史用語集)」

 

 日本の歴史に残る名書を生みだした兼好法師は、「死」について、以下のように記している。
死は、誰にでもおとずれものであるが、その「死期」は人によって違う。
 「四季」であれば、必ず春夏秋冬の順にやってくるが、死はそのように定まってやってくるとは限らない。徒然草の第百五十五段には、こうある。

 

 原文と現代語訳を併(あわ)せてのせておく。
これを機に、鎌倉時代の名文を味わっても良いと思う。

 

 「死期はついでを待たず。死は前よりしも来たらず。かねて後に迫(せま)れり。人皆死あることを知りて、待つことしかも急ならざるに、おぼえずして来る(徒然草 角川ソフィア文庫)」

 

・現代語訳


「人間の死期は順序を待たずに、突如やってくる。死は、予測できるように前から来るとは限らない。予測できないように、いつの間にか背後に迫(せま)っているのだ。誰もが自分がいつかは死ぬとは知っていながら、その覚悟がしっかりできないうちに、不意に死はやってくる」

 

 人が、死をもってその生を終えることは誰もが知っている。年をとって、心身の衰えを感じるとともに、死を意識し始め、これを受け入れる覚悟もできてくる。そうして、迎える自然な死がある。

 しかし、そうではなく、突然やってくる死もある。「かねて後に迫れり」という、「前からではなく、後ろから不意にやって来る死」もある。

 カンボジア人ガイドがキャンプで体験したように、突然誰かに肩をたたかれ、そのまま消されてしまう命もある。
そのキャンプだけではなく、このツールスレンでも、数日、数週間、数ヶ月前まで、自分が死ぬことになるとは夢にも思っていなかった人たちが多くいただろう。

 

 そして、ある日突然、死が後ろからやって来て、「待つことしかも急ならざるに、おぼえずして来る(その覚悟がしっかりできないうちに、不意に死はやってくる)」ように命を奪われていった。

 

 ツールスレンでは、1万5000人もの人が殺されたというが、ここで死ぬべき人間は、一人もいなかったはずだ。
 ただ、後ろから迫って来る死は、日本にもある。事故で、20代の若さで亡くなった友人も、その前日まで、その死がまったく見えなかったはずだ。

 

・死ぬのがいやならば、だからこそ、今ある命を愛するべきなのだ

 では、死とは、そうしたものだとすれば、どのような生き方をすればいいのか。深い洞察力をもった兼好法師は、徒然草で、「生」についてもいくつか触れている。
カンボジアの話から離れてしまうけれど、兼好法師の言葉は今の日本人にも有益だと思うから、そのうちの二つを、ここで紹介したい。

 

 第九十三段には、こうある。


「死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや。愚かなる人、この楽しびを忘れて、いたづがはしく外の楽しびを求め、この財を忘れて、危く他の財を貪るには、心満つ事なし」

 「人間誰しも、死ぬのがいやならば、だからこそ、今ある命を愛するべきなのだ。命ながらえる喜びを、毎日たいせつに楽しまなくてはいけない。愚かな人間は、この楽しみを知らず、物欲に振り回されてあくせくしている。命という宝を忘れて、やたらと快楽や金銭という別の宝ばかり追い求めていては、いつまでたっても心満たされることはない」

 

 

 約700年前の日本人に当てて書かれた文だが、平成を生きるボクが深く考えさせられてしまった。

 命とは、何にも替えられない最も貴重な宝である。
その意味では、生きている人間は、すべて等しく、貧しい者も豊かな者もいない。そして、それらすべての命は、愛すべきものである。
それを忘れて「快楽や金銭」という偽の宝に振り回されて「あくせく」して「いつまでたっても心満たされることはない」という面が、ボクにはあったように思う。

 でも、快楽と金銭をすべて否定して生きることはできないけど。

 

・何のために生きるのか?

 また、徒然草の第七十四段には、鎌倉時代の京都の人々の様子をこう記されている。

 「蟻(あり)のごとくに集まりて、東西に急ぎ、南北に走る人、高きあり、賤しきあり。老いたるあり、若きあり。行く所あり、帰る家あり。夕べに寝ねて、朝に起く。いとなむところ何事ぞや。生をむさぼり、利を求めて、止む時なし」

 「人間が、この都に集まって、蟻のように、東西南北にあくせく走り回っている。その中には地位の高い人や低い人、年老いた人や若い人が混じっている。それぞれ、働きに行く所があり、帰る家がある。帰れば、夜寝て、朝起きて、また仕事に出る。このようにあくせくと働いて、いったい何が目的なのか。要するに、おのれの生命に執着し、利益を追い求めて、とどまることがないのだ」

 


これは、ボク自身、身につまされるような話だ。
日本で生活していて、仕事や遊びで「忙しい」「忙しい」などと思って日々を過ごしていたが、それは「蟻」のようなものだったのかもしれない。「生をむさぼり、利を求めて、止む時なし」というように、目先の利益ばかりを考えていた面が自分にはある。

 「いとなむところ何事ぞや(あくせく働いて、いったい何が目的なのか?)」
ここで、兼好法師はこう疑問を提示している。
そして、これについては、「利益を追い求めて、とどまることがない」とここで言っている。

 

 しかし、これは、「生きる本当の目的は、あくせく働くことではなく、他にあるのではないか?」という問いを人々に問いかけているのだと思う。

 

 ・家族のため

 その答えは、人によって違うだろうが、このカンボジア人ガイドや前の記事に出てきたおじさんにとっては、「家族」であった。
ポル・ポト時代、カンボジア人は、ポル・ポト政権側の人間に家族を引き裂かれて、家族とは別々の生活をせざるをえなかった。そうした堪えがたい経験をしたことで、彼らは、今は家族といることが何よりも大事だと言っていた。

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 社会的な身分が高い人や低い人、若者も老人も、「忙しい」「忙しい」と蟻のように生活していた鎌倉時代の日本人と、現在の日本人もそれほど違いはないのではないか。

 「そんな蟻のような慌ただしい生活の中で、日本人は何かを見失っているのではないか」という兼好法師の視点は、今の日本人にとっても大切なもののように思う。
鎌倉時代に書かれた徒然草の内容が、現在の日本人にも通用している。これが、700年間この書が生き続けた理由だろう。兼好法師の人間や社会への深い洞察力には、ただただ感心してしまう。

 

 ポル・ポト政権からの支配から解放された後、カンボジア人は、生き別れた家族を必死に探し求めていたという。
前の記事に載せた被害者の顔写真は、ポル・ポト時代に行方不明になった自分の身内をここで探す「安否確認」の役割があった。

 

 カンボジアを旅行していて、改めて思い知らされたことがある。
家族と離れて暮らすことを強制し、命令に逆らえばすぐさま処刑してしまうようなポル・ポト政権の圧政をもってしても、壊れることのなかった家族のきずなの強さだ。
先ほどの「生きる目的は何か?」という質問の答えには、「限りのある命という宝を愛する」ことや「家族と一緒にいる」ことが、確実にあるように思う。