イスラム教徒の女性の服①インドネシアと中東の違いの理由

 

はじめの一言

「人びとはどこででも、かなりの物質的な安楽を享受しているようだった。繁栄と満足のしるしがひろく認められた。頑丈な四肢と体格の程よい強健さは、彼らの外見の重要な特徴であって、健康を保ち肉体労働を支えるのに十分な食物が欠けているなどとはとても考えられない
(スミス 江戸時代)」

「逝きし日の面影 平凡社」

 

 

今回の内容

・イスラーム教の服装規定
・ボクが知ったイスラーム教という宗教

 

・イスラーム教の服装規定

「イスラーム教徒の女性」と聞いて、ヘジャブやニカーブを思い浮かべる人は多いと思う。

マレーシアやインドネシアといった東南アジアのイスラーム教徒は、ヒジャブをつけた女性が多い。

ヒジャブ

アラビア語で「覆うもの(名詞)」を意味する言葉。ヒジャーブ、 ペルシア語ではヘジャブとも。

(ウィキペディア)

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マレーシアのイスラーム教徒の女性
基本的には髪を隠せばいいらしい。
でも、髪を出している人もいる。

 

もちろんこれはイスラーム教徒限定であって、他の宗教の信者には関係がない。インドネシア人のキリスト教徒の女の子は、服装の規定はないから日本人と同じような格好をしていた。

 

中東ではちがう。
シリアやアラビア半島のイエメンを旅したとき見たのは、ニカーブをかぶった女性ばかりだった。
目だけしか出していない服で、最初は違和感を覚えた。

 

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ニカーブをかぶったイエメンの女性

 

こうした服装の規定は、もちろんイスラーム教の聖書「クルアーン(コーラン)」による。

イスラームでは女子の服装に関してイスラーム法で規定される。その根拠となる法源には以下の様なものがある。

クルアーンの第24章30節には「また、女子の信者にはこう言え。目を伏せて隠し所を守り、露出している部分のほかは、わが身の飾りとなるところをあらわしてはならない」とある。他に33章でも女子の服装に言及している。

ハディース(預言者ムハンマドの言行録)では「成人に達した女性は、ここを除きどの部分も見られてはならない、と言って預言者は顔と手を示された」など、服装への言及がある

(ウィキペディア)

 

同じイスラーム教徒で同じ服装の規定なのに、なんで着ているものが東南アジアと中東で違うのか?

インドネシア人の友人に話を聞いたところ、「クルアーンでは、『美しい部分を隠せ』と書いてあります。だから、髪の毛を隠せばいいんですよ」と言う。
だから、ニカーブを着なくてもヒジャブで髪を隠せばそれでOKらしい。

 

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イエメンでも子どものころは顔を出している

 

・ボクが知ったイスラーム教という宗教

日本だったら、どんな服を着ればいいのかを決めるのは、学校の校則か会社の社則ぐらいだろう。
宗教で決められることはない。
そもそも、ほとんどの日本人は無宗教だから。

前にヨルダンを旅したとき、「これが、イスラーム教か!」と思ったことがある。
商店で水を買ったときに、なぜだかヨルダン人のおじさんから「おまえは何の宗教を信じているのか?」とたずねられた。

「特に宗教は信じてません」

ボクが答えると、「ええっ!」とこちらがびっくりほど驚く。
そして、さらにこうきく。

「では、おまえはどうやって生活しているんだ?」

質問の意味が分からない。
ほぼ無宗教のボクには、生活で宗教を必要とする場面がない。
だから、「宗教を信じていないと生活できない」という感覚が分からない。
そこでこのおじさんがいろいろ説明してくれた。
その話を聞いていて、「これがイスラーム教徒か」とつくづく思った。

 

イスラーム教徒であれば、クルアーンに書いてあるとおりに生活しなければならないという。

「何をしていいか、してはいけないか?」
「食べていいもの、いけないもの」
「どんな服を着るべきか?」

これらのことは、すべてクルアーンに書いてあって、信者はそれにしたがって行動しないといけない。
そうしないと、死後、天国に行くことができない。
だから、クルアーンがないと「行動の指針」を失ってしまうことと同じで、何をしていいのか分からなくなるらしい。

 

キリスト教も、考え方としてはイスラーム教と同じで、聖書が行動の指針になっている。
中世、大航海時代になって南米からジャガイモがヨーロッパに入って来るようになった。
でも、最初ヨーロッパ人は誰もジャガイモを食べようとはしなかった。
聖書にジャガイモのことが書いてなかったから、キリスト教徒が食べていいものかどうか分からなかったことがその理由だという。

 

タイには牛肉を食べられない人が多い。
そこで登場したという「サムライ・ポーク・バーガー」。
ちなみにユダヤ教徒は、宗教上の理由でチーズバーガーを食べることができない。

 

一般の日本人にとって、この感覚に一番近いのは法律じゃないかな?

日本人の生活で「何をしていいか、いけないか?」といった基準は法律で、みんな法にしたがって生活している。
さっきのヨルダン人のおじさんにとっては、「私は宗教を信じていません」というのは、「私の国には法律がありません」ということと同じようなものだと思う。
だから、「では、おまえはどうやって生活しているんだ?」とびっくりしたんだろう。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。